2018年9月29日土曜日

北海道のアイヌ語地名 (567) 「毛当別川・ルクシ毛当別川・クトン毛当別川・サマッケ仁頃川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

毛当別川(けとうべつ──)

ket-un-pet
獣皮を張って乾かす枠・ある・川
(典拠あり、類型あり)
北見市上仁頃のあたりで仁頃川と合流する支流の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」には記載がありませんが、戊午日誌「西部登古呂誌」には次のように記されていました。

またしばしを過てケトベツ、此処二股に成る也。此辺鹿多きが故に、猟に上り小屋懸を致し居て取ては其足を捨しに、山のごとくなりしによって号しとかや。ケトとは鹿の足の事なり。源はサルマの方の山々つヾきより来る。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.180 より引用)
「ケトとは鹿の足の事なり」という解釈には疑問符がつくのですが、kema であれば「足」ですし、また ketu には「捨てる」という意味がある(樺太方言?)ようです。どちらも「其足を捨しに」という行為に近そうです。

川が二股になっているところを「ペテウコピ」と呼ぶケースが道内各所で見られます。「ペテウコピ」は pet-e-u-ko-hopi-i で「川が・そこで・互いに・捨て去る・ところ」という意味なのですが、川を遡ると二手に分かれることから、このように呼ばれています。

そう考えると、ketu-pet で「捨てる・川」というのも「もしかしたらアリかも?」……と考えたくなりますが、「角川──」(略──)には次のように記されていました。

なおケトベツは松浦武四郎の「戊午日誌」に川名として見え,ケトとは「鹿の足なり」と記されるが,現在はケッウンペツ(鹿の皮を乾す木枠のある沢)にちなむとする説が一般的である。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1435 より引用)
あー……、ま、そりゃそうですよね。ket-un-pet で「獣皮を張って乾かす枠・ある・川」と考えるのが自然かもしれません(道北の歌登にも「毛登別」がありました)。戊午日誌では、訓子府のケトナイでも「ケトとは鹿の股(皮)の事なり」と若干ずれたようなことが記録されているので、松浦武四郎が ket の正確な意味を掴みきれていなかった可能性がありそうです。

ルクシ毛当別川

ru-kus-{ket-un-pet}
道・通行する・{毛当別川}
(典拠あり、類型あり)
毛当別川の上流部で南から合流している支流の名前です。ルクシニコロ川と同じく、みんな大好き ru-kus 系の川名ですね。ru-kus-{ket-un-pet} で「道・通行する・{毛当別川}」と考えて良さそうな感じです。

ちょっと興味深いのは、毛当別川とルクシ毛当別川は、ほぼ 1 km ほどの間隔を維持したまま並んで流れているのですね。源流部に遡って峠を越えると(佐呂間町の)武士川に出るのも同じなのですが、では何故南支流に ru-kus の名をつけたのだろう、という疑問が出てきます。

川を遡ると、どちらの川も左に 90 度ほど向きを変えることになるのですが、ルクシ毛当別川のほうがより急カーブで曲がっているように見えます(毛当別川はカーブが緩やかであるが故に、大回りしているようにも見えなくもないです)。土地のアイヌの感覚では、毛当別川よりもルクシ毛当別川のほうが歩く距離が短い、と認識されていたのかもしれませんね。

クトン毛当別川

kut-un-{ket-un-pet}??
帯状に岩のあらわれている崖・ある・{毛当別川}
(?? = 典拠なし、類型あり)
毛当別川の南支流に「ポン毛当別川」という名前の川があります(pon-{ket-un-pet} で「小さな・{毛当別川}」です)。クトン毛当別川はポン毛当別川の南支流です。

仁頃川の支流に「クトンニコロ川」がありましたが、クトン毛当別川も同様に kut-un-{ket-un-pet} で「帯状に岩のあらわれている崖・ある・{毛当別川}」なんでしょうね。

「クトンニコロ川」を読み解くときに、「クトン」は ket-un で「獣皮を張って乾かす枠・ある」かな、と考えたことがありました。ただ、これだとクトン毛当別川が ket-un-ket-un-pet になってしまうので「あ、こりゃ無いわ」と仮説を捨てることができました。地味にありがたかったです(汗)。

サマッケ仁頃川

samatke-{ni-kor}?
横になった・{仁頃川}
(? = 典拠未確認、類型多数)
さすがに「毛当別川三兄弟」だけで一本……! というのはちょっと気が引けたので、もいっちょ。サマッケ仁頃川は仁頃川の支流で、ルクシ毛当別川、クトン毛当別川の西側を流れています。

samatki は「横になる」という意味で、samatke-nupuri であれば「横に平べったい形の山」を意味します。川の名前としては若干ピントがずれているようにも思えますが、これはやはり samatke-{ni-kor} で「横になった・{仁頃川}」と考えるしかないかなぁ、という感じです。

実際には何が「横になっていた」のか、という話ですが、うーん、やっぱり川の南側の山を指して「横になっていた」と考えたのでしょうか。北のほうに頭があって、猫背気味に横になっている(膝を曲げているかもしれない?)ように見えたり……しないでしょうか?

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