Bus Rapid Transit
気仙川にかかる「気仙大橋」を渡って、気仙沼方面に向かいます。対向車線に「JR」のロゴがついたバスがやってきました。これは代行バスではなく「BRT」のようですね。BRT は Bus Rapid Transit の略です。震災後の鉄路の処遇は、第三セクターの三陸鉄道と JR 東日本で大きな差がついてしまいました。三陸鉄道が早々と全線復旧に向かって動いたのに比べ、陸前高田や気仙沼、南三陸などでは街づくりのあり方から再考を余儀なくされるレベルの被害があったこともあり、JR が単独で復旧を考えられる状況では無かったようです。結果的に、JR 気仙沼線の柳津から気仙沼までと、JR 大船渡線の気仙沼から盛までの間は鉄道での復旧を断念し、代わりに BRT を走らせることになります。
三陸鉄道が 3 年ほどで全線復旧したのに対し、JR 東日本は鉄道を早々と「切り捨てた」ことを批判する向きもあるようですが、仮に気仙沼と盛の間が三陸鉄道だったらどうなっていただろう……と考えることがあります。果たして 3 年で復旧できたかと言われると、やはり懐疑的になってしまいます。
このあたりでは BRT とは言っても普通に国道を走っているので、限りなく「代行バス」のようなものですが、よくよく地図を見ると気仙沼と陸前高田の間は、JR は鹿折川・飯盛峠・矢作川経由の内陸部を通っていたのでした。JR に並行する県道の飯盛峠はバスが通るには狭すぎるからか、BRT は海沿いの国道を通ることになったようです(このルート変更により、BRT には「奇跡の一本松駅」が設けられることになります)。
そのまま進めば三陸道
ということで、国道 45 号の話題に戻りましょう。道路情報案内板に表示された残り距離を見てため息をつくシリーズですが、気がつけば仙台まで 147 km の地点までやってきていました。もっとも時間もそれなりに経過していて、この時既に 15 時半を回っていました。そして、久しぶりに「そのまま進めば三陸道」な交叉点にやってきました。気がつけば既に宮城県気仙沼市に入っていました。
なぜか旧道
しかし……「仙台まで 147 km」という案内を受けて、三陸道は回避、左折して旧道を進みます。気仙沼市唐桑町境というところにやってきました。右から県道 239 号が合流していますが、現在は左側に県道 239 号の新道が設置され、県道が優先道路になってしまったようです。単なる交叉点の写真ですが、今ではもう見られない写真になってしまったので、ちょいとご紹介まで。
「仙台まで 147 km」を受けて遠回りを決めた理由が……こちらです。
そう、なんのことはない、「仙台までガソリンが持たない」という事実が明らかになったが故のコース変更だったのでした。普通、自動車専用道路(無料区間)沿いにガソリンスタンドはありませんからね……。
この日は、朝 6 時に秋田港(「うどん・そば」自販機のあったところです!)を出てから 9 時間近く走り続けてきたわけで、実は相当な数の虫がフロントガラスにぶつかっていたのでした。給油をお願いしただけなのですが、ガソリンスタンドの方は(給油サービスの一環で?)全力でフロントガラスの清掃を行ってくださいました(感謝!)。
すばら!なガソリンスタンド
三陸道の「霧立トンネル」ができたおかげで、このあたりの国道 45 号は交通量も激減したのだろうなぁ……と想像できます。ガソリンスタンドの経営も本当に大変だと思いますが、(有)ヨシダ 唐桑只越 SS さんの積極的なご利用をお願いします!(他力本願)うっかりしていて、給油前のガソリン残量を記録しそびれたのですが、782.2 km も走っていたら、あと 1/6 程度だったのだろうなぁと想像できます。おそらくあと 147 km 走るのがギリギリ、と言ったところでは無かったかと。
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