2018年8月4日土曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

北海道のアイヌ語地名 (556) 「螺湾・フウチャシナイ川・茂螺湾」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

螺湾(らわん)

ra(w)-an(-pet)??
低いところ・ある(・川)
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
足寄町東部の地名です。「ラワンブキ」という巨大なフキで有名な場所ですね。ここで足寄川の支流である「螺湾川」が南から合流しています。かつての国鉄白糠線は、ここ螺湾を経由して白糠と足寄を結ぶ予定で、足寄側からも工事が進められていました。

ラワンブキの大きさもさることながら、螺湾という地名自体もかなり謎めいているようです。永田地名解には次のように記されていました。

Rani  ラニ  阪 ○螺湾ト稱ス「ラニ」又「ラン」ト云フ「ラワン」ニアラズ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.326 より引用)
rani で「その坂」という意味ですが、あるいは ran-i で「下りる・ところ」と解釈することも可能かもしれません。、もっともこれらの解釈は本質的には同じことなので、あまり細かく考えなくても良いでしょう。

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のように記されていました。

 永田地名解は「ラニ rani(坂)。螺湾と称す。ラニまたランと云ふ。ラワンにあらず」と書いた。明治29年5万分図はそれを受けたか,この川の川口近くにラニと記している。ラン(坂),ラニ(その坂)なら分かり易い地名である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.299 より引用)
このように、山田さんは永田説にも一定の理解を示していたようですが、

 だが古い松浦図でもこの川はラワンであった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.299 より引用)
そうなんですよね。戊午日誌「東部報十勝誌」にも「ラ ワ ン」とあり、これを否定するのは簡単なことではありません。

この言葉を知らないが,地名によく出るラム,ラウネ,ラウシ(共に低いの意)等から考えると,ラワン(ラウ・アン?)も同様に低いの意で使われたのではあるまいかと考えて来た。ラワンペッぐらいの略か?
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.299-300 より引用)
ふーむ。永田地名解の内容を尊重しつつ、なんとか実際の地名である「ラワン」に近づけようと努力されていますね。

一方で、斯界屈指の変化球の使い手として名高い更科源蔵さんは、「アイヌ語地名解」にて次のように記されていました。

ここで足寄川にそそぐ螺湾川の名からでた地名で、ラ・アン・ペッのラはこの地方では葛の蔓をいい、アンはあることで葛のある川かと思う。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.248 より引用)
この落差の大きさが流石ですね。「ラはこの地方では葛の蔓をいい」というのは本当かなぁと思ったのですが、確かに田村すず子さんの辞書にも「出始めの短い蔓」という解釈があることが記されています。色々と謎の多い「ラ系」地名の解釈に新たな一石を投じる説ですね……。

意外と忘れがちなこととして、螺湾川を遡ったところに「オンネトー」があります。雌阿寒岳の噴火でできた堰止湖ですが、地形図をよーく見てみると北側にもあともう少しで流出河川になれそうな谷があります(理屈の上では湖沼が複数の流出河川を持つことはほぼあり得ないのですが)。

このことから、オンネトーから見た場合に「螺湾川」は「低いほうの谷」であるとして ra(w)-an(-pet) で「低いところ・ある(・川)」と呼んだ……という、かなり強引な説を考えてみたのですが、どないなもんでしょう……?(汗)

フウチャシナイ川

kucha-us-nay?
狩小屋・ある・川
(典拠あり、類型あり)
螺湾本町から螺湾川を 1.5 km ほど遡ったところで合流する南支流の名前です。pu-chasi-nay で「倉・砦・川」か……と思ったのですが、全然違いました(汗)。

明治の頃の地形図を見てみると、現在の「フウチャシナイ川」のところに「クッチャシンナイ」と書いてあります。

鎌田正信さんの「道央地方のアイヌ語地名」には、次のようにありました。

クッチャシンナイ
フチャシナイ沢(営林署図)
 螺湾川口から 2 キロ付近を南側から流入している。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.186 より引用)
あれっ……と思ったのですが、螺湾川の河口(足寄川との合流点)から道道 664 号「モアショロ原野螺湾足寄停車場線」の橋まで 660 m ほどあるので、大体計算は合ってそうです。そして肝心の地名解ですが、

クチャ・ウㇱ・ナイ(kucha-us-nay 狩小屋・ある・川)の意で、この沢に狩猟用の小屋があったことが窺い知れる。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.186 より引用)
ふむふむ。kucha-us-nay が「クッチャシンナイ」に化けたのでは、という説ですね。kucha-us-nay は「狩小屋・ある・川」という解釈で間違いないかと思います。

茂螺湾(もらわん)

mo-{ra(w)-an}-pet?
子である・{螺湾}
(? = 典拠未確認、類型多数)
足寄町螺湾沢のあたりで螺湾川に合流する支流の名前です。茂螺湾川を少し遡ったところには同名の地名もあります。このあたりは、結果的には建設されることはありませんでしたが、国鉄白糠線の予定ルートだったような記憶があります。

「茂螺湾」は mo-{ra(w)-an} で「小さな・{螺湾}」と解釈できますが、今回は知里さん風に「子である・{螺湾}」と考えていいのかな、と思います。あるいは「静かな・螺湾」と考えてもいいのかもしれませんね。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事