漆の木
日本奥地紀行「普及版」ではカットされた話題が続きます。続いては「漆の木」についての話題です。漆の木 Rhus v. はこの地域中にありあまるほど生えています。それは、いろんな点で非常に似ているイギリスの普通のセイヨウトネリコより以上の大きさにならないのです。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.69 より引用)
これは引用元の高畑さんの「──完全補遺」に記されていたのですが、津川は現在は新潟県に属していますが、もともとは会津藩の領地だったそうです。そのため会津藩の特産品の話題が津川で記されているのではないか、とのこと。「セイヨウトネリコ」という木については全く知識が無いのですが、なるほど、その名の通り中央ヨーロッパを中心に自生する樹木なのですね(アメリカやカナダ、ニュージーランドあたりにも移入されているとのこと)。
さて、イザベラが突然樹木の話題を始めたのは、もちろんその主産物である「うるし」について語るためです。
それは日本の工芸の最も美しいものにその名前が付けられている有名な塗漆のために生育されています。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.69 より引用)
19 世紀の欧米社会において、「漆塗り」という工芸品の存在がどの程度知られていたのでしょうね。イザベラがどこで「漆塗り」についての知識を得たのかは知りませんが、なかなかの目利きだなと思わせます。さて、「漆の木」からどのようにして「漆塗り」が生まれるのか、イザベラは簡潔に説明を試みています。イザベラ曰く、「早春」に採取された漆の樹液について、次のように記しています。
木から採られた後は、濃いクリーム色と粘度がありますが、空気に触れると暗い色になるのです。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.69-70 より引用)
ふむふむ。確かに真っ黒な樹液が出るとは考えにくいですが、そう言えば日本語には「漆黒」という表現がありましたね。空気に触れることで暗い色になるというのは知りませんでした(汗)。私はもはや漆なしの素敵な日本を紙なしの日本以上に夢想することができないし、その二者の組み合わせは普遍的なものです。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.70 より引用)
いやいや、イザベラはいつの間に「漆 Love」になっていたのでしょう。こうやって漆器の良さを全世界に向けてステマしてくれていたわけですが、何故か「普及版」では全面的にカットされてしまっています。ステマ疑惑があったのでしょうか(多分違うと思う)。漆かぶれ
「漆」の話題が続きます。漆については、事前に周知しておく重要事項がありましたよね。漆の木の種から油がたくさん採れます。新しい漆の臭いないし接触、また、両者の組み合わせにはとても多くの人々──現地の人であれ外国人であれ──の間で非常に不愉決な状態を生み出します。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.70 より引用)
「非常に不愉快な状態」という表現が味わい深いですが、より具体的な説明が付加されていました。この「漆かぶれ」として知られている病気は、軽い場合は皮膚にだけ影響を及ぼすものですが、ひどいときは人体全般に影響をあたえます。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.70 より引用)
えええ、人体全般に影響を与えるなんて……。ちょっと気になったので「漆かぶれ」についてググってみたのですが、山久漆工さんという会社の Web ページにいろいろと詳しく記されていました。曰く……
- 漆が完全に乾いた後の商品に触っても、漆にかぶれる可能性は殆どない
- 漆にかぶれてしまえば、皮膚科に行っても有効な薬がない
- 漆かぶれは時間の経過とともに自然に完治し、跡は残らない
- 何度もかぶれているうちに抵抗力がつく(らしい)
- 指が痒くなる程度で済む人もいれば、腕や顔まで皮膚炎が広がる人もいる
伊藤はどんな事情があっても決して漆の木にさわったりその下で雨宿りしたりしません。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.70 より引用)
なるほど、伊藤少年の対処はちゃんとした根拠(経験則?)に基づくものだったのですね。蝋の木と蝋燭
続いては、これまた会津藩の特産品である「蝋燭」についての話題です。福島県の伝統的工芸品に「会津絵蝋燭」というのがあるのだとか。植物蝋が作られる同族のハゼノキ Rhus vernicifera はこの地方で少し栽培されています。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.70 より引用)
なるほど、「ハゼノキ」もウルシ科ウルシ属の木なんですね。蝋燭製造のために英国に輸出される蝋は注意深く漂白されます。しかし、国内向けのものは豆の形をした、米の脱穀に類似した方法でサヤをとった後の暗黄色をした種の中心部です。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.70 より引用)
「Q: なぜソルジェニーツィン及びその他反体制派が国から追放されましたか? A: 最良の製品は、主に輸出に選ばれるからです。」というアネクドートを思い出してしまいました。閑話休題(それはさておき)、Wikipedia には次のような記載がありました。
利用
果実を蒸して圧搾して採取される高融点の脂肪、つまり木蝋は、和蝋燭、坐薬や軟膏の基剤、ポマード、石鹸、クレヨンなどの原料として利用される。
(Wikipedia 日本語版「ハゼノキ」より引用)
ふむふむなるほど。ハゼノキの実を蒸して絞ったものが「木蝋」なんですね。どうしても油脂類は全て原油から精製されるような印象がありますが、どうしてどうして、植物から採れるものも結構あるんですね。ということで、今日は全編「完全版限定ネタ」でお届けしました。すごく個人的には為になる内容なんですが、紀行記としては確かにちょっと脱線が過ぎるのかもしれません。「普及版」でカットされてしまったのも仕方がない……といったところだったのでしょうか。
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