2017年10月14日土曜日

北海道のアイヌ語地名 (476) 「札前・妻内川・茂草」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

札前(さつまえ)

sat-nay
乾いた・沢
(典拠あり、類型あり)
松前町西部、戸長川と妻内川の間の海沿いに位置する地名です。「東西蝦夷山川地理取調図」には「札マイ」とありますが、「竹四郎廻浦日記」には「札前村」とあります。「札前」の表記は割と歴史がありそうですね。

上原熊次郎の「蝦夷地名考并里程記」に、次のように記されていました。

札 前
  夷語シヤツナイなり。則、乾きたる沢と譯す。扨、シャツとは乾ㇰと申事、ナイは澤の事にて、此川水の常に少き故、此名ある哉。
(上原熊次郎「蝦夷地名考并里程記」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.90 より引用)
ほうほう、なるほど。確かにそう言われてみれば集落の真ん中やや北寄りに等高線のくぼみがあります。谷状の地形なのですが、地形図には「川」としては記されていません。常に流れを維持できるだけの水量が無いのかもしれませんね。

ということで、「札前」は sat-nay で「乾いた・沢」じゃないかと考えられるのですが、上原熊次郎は「札前」の後の最後を気になる記述で締めていました。

未詳。
(上原熊次郎「蝦夷地名考并里程記」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.90 より引用)
(汗)。これって、もしかして「知らんけど。」というヤツなんでしょうか。上原熊次郎って関西系だったのでしょうか(松前生まれ説が根強いようですが)。

妻内川(つまない──)

toma-nay
エゾエンゴサク・沢
(典拠あり、類型あり)
札前と赤神の間を流れる川の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ツマナイ」と記されています。「ツマナイ」という音は確かにアイヌ語っぽいのですが、そのままではしっくり来る解釈が浮かんできません。

さて困ったな……と思っていたのですが、永田地名解にこんな記述がありました。

Toma nai  トマ ナイ  延胡索(エンコソ)澤 「トマ」草ノ根ヲ掘リテ食料トス
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.150 より引用)
あ……。そゆことですか。言われてみれば至極まっとうな解釈があったのでした。toma-nay で「エゾエンゴサク・沢」と考えれば良さそうです。知里さん風の解釈をすると tomanay の間には何らかの動詞があったと思われますが、可能性のある選択肢が多すぎるので推測するのは難しそうです。

茂草(もぐさ)

mom-cha?
流れる・柴
(? = 典拠あり、類型未確認)
札前から海沿いを北上すると、赤神、静浦の各集落を抜けて「茂草」の集落にたどり着きます。集落の南側を「茂草川」が流れているのですが、河口の南北はまるでフィヨルドのような地形になっています(幅広の谷の先に険しい山が連なっている)。茂草の集落は「幅広の谷」の中にあるのですが、北側に山が連なっているので、北風の影響が少なそうなところです。

「茂草」という地名は、あまりアイヌ語っぽく無いなーと思ったのですが、上原熊次郎の「蝦夷地名考并里程記」に記録がありました。

茂 草
  夷語モムチヤなり。則、小柴の流るゝと譯す。扨、モムとは流れるといふ事。チヤは小柴の事にて、此川出水の節小柴の海岸へ流れ寄る故、此名ありといふ。
(上原熊次郎「蝦夷地名考并里程記」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.90 より引用)
今回は幸いにして「知らんけど。」はありませんでした(汗)。「扨(さて)、モムとは流れるという事」とありますが、確かに知里さんの「──小辞典」にも次のように記されていました。

mom もㇺ ((完)) 流れる;ただよう。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.60 より引用)
ということで、どうやら mom-cha で「流れる・柴」と考えたようですね。これもおそらく後ろに何か、たとえば us-i とか us-petus-nay あたりがついていたのでしょうね(もちろん us 以外の動詞がついていた可能性も十分にあるのですが)。

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