2017年5月14日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (437) 「上ハカイマップ川・ブイタウシナイ川・メップ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

上ハカイマップ川

penke-hakae?-oma-p??
川上の・納屋?・そこにある・もの(川)
penke-sakay-oma-p??
川上の・境界・そこにある・もの(川)
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
国道 230 号(かつての国鉄瀬棚線のルート)の花石トンネルを抜けた先を流れている川の名前です(西側には「下ハカイマップ川」もありますね)。今ひとつ良くわからない地名ですが、東西蝦夷山川地理取調図には「ヘンケサカイマフ」とあります。引越は、引越の……(やめなさい)。

続いて永田地名解を見てみましょうか。

Penke hakae omap  ペンケ ハカエ オマㇷ゚  上ノ納屋
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.134 より引用)
納屋……ですか。実はこの「納屋」について、「下ハカイマップ川」と思われる項にもう少し詳しく記されています。

Panke hakae omap  パンケ ハカエ オマㇷ゚  下ノ納屋 「ハカエ」トハ鮭ヲ二ツ割リニシタル者ヲ藏ル納屋ノ義(久遠郡役所ノ報知ニ據ル)
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.133 より引用)
「ハカエ」は「鮭を二つ割りにしたものを格納する納屋」とあります。また随分と用途が限定された納屋ですね……(そこか)。

一方、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には、これとは全然違う解が記されていました。

 上ハカイマップ川
 利別川の右中支流。アイヌ語の意味は、浅い曲りにある川の意と思われる。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.25 より引用)
は、はぁ。浅い曲がり……。浅い曲がりにさすらっていたのでしょうか(違う)。服部四郎さんの「アイヌ語方言辞典」によると、千島に hakku で「水浅く」という語彙があったそうです。

山田秀三さんの「北海道の地名」でも、永田地名解の記述を紹介していました。但し「他地に類例のない地名である」と結んでいます。確かに hakae を「納屋」と解釈する例は聞いたことがありません。

どうしたものかなーと思っていたのですが、丁巳日誌「報登宇志辺津日誌」に次のような記述を見つけました。

また同じく弐三丁下るや、右の方、
     下サカイマツフ
本名バンケカヽヱヲマフと云。ハンケは下、力ヽヱヲマフと云は境目と云事也と。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.424 より引用)
なんと、「サカイ」は「境」ではないかという説が飛び出しました。引越は(もういい)。アイヌ語と和語の混合地名というのは、秦檍麻呂や上原熊次郎の時代には良く唱えられましたが、誤謬も少なくありませんでした。

ただ、服部四郎さんの「アイヌ語方言辞典」を見ると、「帯広方言」として sakáy が記録されているので、比較的早い時期に道内に入り込んでいた可能性もありそうに思えます。仮に panke-sakay-oma-p だとすれば、「川上の・境界・そこにある・もの(川)」となりそうですね。

なお、全くの余談ですが、「ペンケハカイマップ川」には「下博田橋」という名前の橋がかかっています。「上博田」「下博田」という名前にすることを考えていた時期があったのでしょうか。

ブイタウシナイ川

puy-ta-us-nay
エゾノリュウキンカの根・掘る・いつもする・沢
(典拠あり、類型多数)
上ハカイマップ川と下ハカイマップ川の間を流れる支流の名前です。同名の川が道内あちこちにありますね。

丁巳日誌「報登宇志辺津日誌」には次のようにありました。

針位また丑・寅に取て三四丁下りて、又子・亥・酉・申・未に取て
     フイラウシナイ
右の方相応の川。此川上にフイ多しと聞り。本名フイタウシ子と云よし也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.423 より引用)
はい。puy-ta-us-nay で「エゾノリュウキンカの根・掘る・いつもする・沢」と考えて良さそうですね。

メップ川

mep?
泉地
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
下ハカイマップ川の西側を流れる支流の名前です。東西蝦夷山川地理取調図には「メツフナイ」と記されていますが、その後の記録では「ナイ」は省略されているようですね。

丁巳日誌「報登宇志辺津日誌」には次のようにありました。

針位酉に向ひて二丁計行
     メ ツ フ
右の方中川多。此川トシヘツ支流第一の大川也。メツフは両方開けしと云事なり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.427 より引用)
「メツフは両方開けしと云事」とありますが、うーん、これはどう解したら良いものでしょう。sep で「広くある」という意味の語彙がありますが、それが転訛したものでしょうか。

一方、永田地名解には違う解が記されていました。

Metp nai  メッㇷ゚ ナイ  寒キ澤 今「ミツプ」ト云フ太櫓アイヌノ鮭漁場
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.133 より引用)
me には「寒さ」という意味がありますが、mep に「寒い」という意味があったかどうかは(個人的には)少々疑問が……。

更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には、また別の解が記されていました。

 メップ川
 アイヌ語で清水の湧く泉地のこと。利別川の右中支流で、鮭鱒の保護河川になったので、現在は種川と呼んでいる。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.25 より引用)
なるほど。mem泉地」が転訛して mep になったと考えたのですね。あまり面白い解ではありませんが、得てしてこういうこともあるものです。

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