(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
茶屋川(ちゃやがわ)
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
長万部町南部を流れる国縫川の中流域の地名で、南からパンケイ川が国縫川に合流しています。川としての「茶屋川」はもう少し上流側を流れています(北支流)。かつて、国縫川沿いに国鉄瀬棚線が通っていて、「茶屋川」という名前の駅もありました。ということで「北海道駅名の起源」を見てみましょう。
茶屋川(ちゃやがわ)
所在地 (胆振国)山越郡長万部町
開 駅 昭和 4 年 12 月 13 日 (客)
起 源 昭和初年この付近の利別川と訓縫川との上流に砂金採取者が入りこんだ際に、腰かけ茶屋があったので、付近にかけた橋を「茶屋川橋」といったことから駅名としたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.24 より引用)
あ、「国縫川」が「訓縫川」になってますね。これは誤植ではなくて、戦前の地形図には「訓縫(國縫)」と記されていました(その割には川の名前は「國縫川」だったりするのですけどね)。本題に戻りますが、「腰かけ茶屋があったので」茶屋川なんだよとのこと。ほう……?
山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のように記されていました。
茶屋川 ちゃやがわ
国鉄瀬棚線の駅名。国縫川中流の処である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.415 より引用)
書き出しが被りまくっていますが、気にせずに続けましょう。今駅のある処は,昔カリンパ・ウシ・ナイ(桜・群生する・川)といわれた川の川口近くで,当時はその名で呼ばれた土地であろう。今千島川と書かれている川である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.415 より引用)
古い地形図を見てみると、確かに「カリンパウシナイ」という川の存在が描かれています。厳密には karinpa は「桜の木の皮」という意味で、「桜の木」であれば karinpa-ni とあるべきなのですが……。はてさて……と思ったところで、「東西蝦夷山川地理取調図」を見てみると、しれっと「カリンヘカルシ」と書いてありました。丁巳日誌「報登宇志辺津日誌」にも次のように記されていました。
また同じ様成柳・赤楊・赤だもの木原を行や
カリンバカルシ
右の方小川。此川すじは桜木多しとかや。カリンバは桜の木の皮、カルウシは取に多しと云義。此山椴木多しと。追々両山とも椴を見る。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.387 より引用)
ああ。これは凄く納得です。karinpa-kar-us-i で「桜の木の皮・剥ぐ・いつもする・ところ」となりますね。「北海道の地名」には、まだ続きがありました。
なお現在茶屋川と呼ばれている川は,駅より約 2 キロ上流で,アイヌ時代の名はク・オマ・ナイ(仕掛け弓・ある・川)であったようである。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.415 より引用)
現在の「茶屋川」は「上国縫川」の西側を流れていて、国縫川と合流する手前で両河川が合流しています(「茶屋川」と「上国縫川」のどっちが「本川」扱いなのかは良くわかりません)。ただ、古い地形図を見ると、「茶屋川」は現在の位置ではなく、国縫川の上流部を指す名前として使われています(国道の「茶屋川橋」より西側)。もう一度本題に戻りましょう。「茶屋川」の由来についてですが、丁巳日誌「報登宇志辺津日誌」には次のように記されていました。
扨此処にて昼飯を仕舞、左りの方の沢え入る。此処を則
ザ ヤ
と云よし。其名儀未だ解さず。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.388 より引用)
さぁさぁ。「──駅名の起源」の「昭和初年この付近の利別川と訓縫川との上流に砂金採取者が入りこんだ際に、腰かけ茶屋があったので」という記載がすこぶる怪しく見えてきませんか?これだけでは「腰かけ茶屋があったので」という説を積極的に否定するわけにも行きませんが、実は今金町の後志利別川の上流部にも「茶屋川」という川があることに気づきました。確かに昭和の頃にはゴールドラッシュに湧いたのかもしれませんが、それ以前から 70 年以上「腰掛け茶屋」を維持できるとも考えづらいんですよね。
ただ、後志利別川の上流部での砂金採取は江戸時代から盛んだったという話もあるようですので、実際に「茶屋」が存続していた可能性もありそうな気がしてきました。
ということで、考えられる仮説を二つほど。一つは音に忠実に cha-ta(-us-nay) と考えてみてはどうかという説です。これだと「柴・取る(・いつもする・沢)」と解釈できそうかなぁ……と思うのですが、cha を ta するという表現は見ないような気がするのが少々難しいところです。
もう一つは、実は kucha-kor-us-i だったんじゃないかという大胆な仮説です。平取に苦茶古留志山という山がありますが、kucha-kor-us-i で「山小屋・持つ・いつもする・もの」となります。
東西蝦夷山川地理取調図を見てみると、今金の「茶屋川」のあたりに「クチヤウニ」という川名が記録されているんですよね。アイヌ語地名で「小屋」を意味する語彙は kas と kucha がありますが、kas が「仮小屋」なのに対して kucha は常設の「山小屋」を意味するとされています。kucha-un-i であれば「山小屋・そこにある・もの(川)」と読み解けそうですね。
kucha と呼ばれた「山小屋」のことを、その音から誰かが「茶屋」と呼ぶようになった……という想像なのですが、いかがでしょうか?
美利河(ぴりか)
(典拠あり、類型あり)
国道 230 号の「美利河峠」の西側にある地名です。美しい地名ですが、現地も地名負けしていない素敵なところです。なお、現在は「美利河峠」という名前ですが、どうやら昔は「稲穂峠」という名前だったようです。「いくらなんでも道内に稲穂峠多すぎやろ」ということで(?)「美利河峠」になったのではと推測しています。美利河には国鉄瀬棚線の駅もありました。ということで今回もいつものこの本から。
美利河(ぴりか)
所在地 (後志国)瀬棚郡今金町
開 駅 昭和 4 年 12 月 13 日
起 源 アイヌ語の「ピリカ・ペッ」(よい川) からとったものである。
☆美利河温泉 8km 。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.24 より引用)
確かに美利河からピリカベツ川沿いに 8 km ほど遡ったところに温泉があるのですが、現在は「奥美利河温泉」という名前だったかと思います。確かに駅からは随分と山奥なので、名前を変えたんでしょうかね……?ちょっと手を抜いて、山田秀三さんの「北海道の地名」からも引用(孫引き含む)しておきましょう。
永田地名解は「ピリカ・ペッ。美川。瑪瑙石あり,水も清冽,故に名く」と書いた。アイヌ時代の名であるから,メノウのことは考えなかったろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.452 より引用)
ふむふむ。このあたりの山奥では砂金などが採れたようですが、美利河では瑪瑙が採れたんですね。「アイヌ時代の名であるから,メノウのことは考えなかったろう」というのは同感です。川に行って見ると何ともきれいな水が流れている。それで pirka-pet(いい・川)と呼んだものか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.452 より引用)
「水がきれいな川」という評判は昔からあったようで、丁巳日誌「報登宇志辺津日誌」にも次のように記されていました。ヒリカヘツ訳して美しき川と云儀。惣て水色清浄にて、纔一毛を数十尋の底に投ずる共、餐然として掌中に置て是を見るがごとし。其中別て此ヒリカヘツを以て第一とす。恐らくは是砂金の気のしからしむる処かと思わるなり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.390 より引用)
「纔」は「わずか」と読むのだそうです。「其中別て此ヒリカヘツを以て第一とす」というのは、直前にあった「ヒリカベツ」(ピリカベツ川)「トシヘツ」(後志利別川)「チウシヘツ」(チュウシベツ川)の三川に分かれている、という文を受けてのことです。これら三河川の中でも「ピリカベツ」が一番美しかった、ということのようですね。「砂金混じりだから綺麗だったんじゃないか」という考察も興味深いですが。ということで、やはり「美利河」は pirka(-pet) で「美しい(・川)」だったということになりそうです。
ニセイベツ川
(典拠あり、類型あり)
美利河には「ピリカ湖」というダム湖があり、そこに東から「ピリカベツ川」「後志利別川」「チュウシベツ川」の三河川が注いでいます。ニセイベツ川はピリカベツ川の支流で、ピリカベツ川と後志利別川の間を流れています(どちらかと言えば後志利別川に近いところを流れているのですが、最終的にはピリカベツ川と合流します)。東西蝦夷山川地理取調図には「ニセウヘツ」とありますが、現在の川名は「ニセイベツ」です。戦前の地形図も「ニセイベツ」だったので、一旦「ニセイベツ」で考えておきましょうか。
nisey-pet であれば「断崖・川」となります。意味は通るのですが、何かが略されているような感じもします。たとえば「ニセコアンベツ川」であれば nisey-ko-an-pet で「断崖・そこに・ある・川」でしたが、似たような感じで何かが含まれていたのが略されてしまったのではないかと思います。その「何か」が何なのかはわかりませんが……。
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