(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
静狩(しずかり)
(典拠あり、類型あり)
室蘭本線の小幌駅と長万部駅の間にある駅の名前です。ということで、お相手はいつものこの方です(空耳アワー風)。静 狩(しずかり)
所在地 (胆振国) 山越郡長万部町
開 駅 大正12年12月10日 (客)
起 源 アイヌ語の「シッ・ツ゚カリ」(山の手前)の転かしたもので、礼文華山道の手前のところという意味である。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.64 より引用)
はい。単語レベルに分解すると sir-tukari で「山・の手前」なのですが、この組み合わせだと音韻変化で sit-tukari となりますね。なお、長万部から遠く離れた青森県の尻屋崎(東通村)に「尻労」と書いて「しつかり」と読ませる地名があります。長く続いた砂浜が「尻労」の先で途切れて、その先は山がそのまま海に落ち込む形の険しい海岸線に変わります。そう、長万部の「静狩」とそっくりな地形なんですよね。
これはもちろん私の発見ではなくて、山田秀三さんの「東北と北海道のアイヌ語地名考」に「尻労(シツカリ)の意味」と題した論考があります。山田秀三著作集「アイヌ語地名の研究 <3>」に収められていますので、興味を持たれた方は是非ご一読を。
オタモイ山
(典拠あり、類型あり)
道央道の静狩 PA の北に位置する山の名前です。小樽にも同名の地名がありますね。多少アイヌ語地名をかじった方には、この山名が本質的におかしいことに気がつくと思います。ota は「砂浜」を意味する単語なので、山の名前としてはおかしいんですよね。
ota-moy は「砂浜・静かな海」と言ったところでしょうか。ますます山の名前としては不適切なのですが、これは山の麓(南側)を流れる川の名前から来ているのでしょうね。オタモイ川はかつて室蘭本線の「旭浜駅」があったすぐ近くを流れているのですが、現在は直接噴火湾に注ぐこの川も、かつては室蘭本線の山手側にあった潟湖に注いでいました。
なるほど、moy には「入江」というニュアンスもあるのですが、海とは砂丘で隔てられた潟湖を意味していたと考えるとしっくり来ますね。もちろん潟湖は外海と隔てられていて静かだったでしょうから、「静かな海」という表現も大正解だったんじゃないかなぁと想像しています。
なお、旭浜駅があったあたりは、戦前の地形図では「濱中」と記されていました。もしかしたら ota-noske だったのかなと思わせますが、実は潟湖のど真ん中あたりに位置していたようなので、そういう意味でも ota-noske(砂浜・真ん中)だった可能性がありそうです。
写万部山(しゃまんべ──)
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
オタモイ山の北西に位置する標高 499.1 m の山の名前です。あと 90 cm 欲しかったですよね。シークレットブーツとかでなんとかならなかったのでしょうか。ロンドンブーツでも良かったかもしれません。ちなみに、ちょっと古い本には、写万部山の標高は 498.8 m とあります。どうやらその後の努力で 30 cm ほど稼いできたようですね。これはやはりシークレットブーツn(ry
割とアレな地名解が多いことで知られる「北海道地名誌」には、次のように記されていました。
写万部山(しゃまんべやま)498.8 メートル 黒松内町との境をなす山。春の雪解けに鰈(サマンベ)型の残雪が見えるからという伝説がある。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.123 より引用)
ほう。なんだか長野県白馬村の地名説話とそっくりですね(残雪が「代馬」に見えるから「しろうま」という説)。さて、話をもとに戻しましょうか。「鰈」(カレイ)はアイヌ語で samam-pe と言いますが、samam は「横になっている」という意味なので samam-pe は「横になっている・もの」ということになります。なるほど、たしかにカレイは「横になっている」魚ですよね(笑)。
これを念頭に置きながら「写万部山」を見てみると、写万部山は鞍部の目立たない「横に長い山」のように思えてきます(写万部山から北西にほぼ同じ高さの尾根が伸びている)。この特徴を指して samam-pe で「横になっている・もの(山)」と呼んだと考えられそうな気がしますが、いかがでしょうか。
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