(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
ペンケピピ沢川
(? = 典拠未確認、類型多数)
静内川の支流の「シュンベツ川」には「春別ダム」があり、直線距離にして 8 km ほど離れたシュンベツ川の下流部に「春別発電所」があります。「ペンケピピ沢川」は春別発電所からシュンベツ川を 1 km ほど上流に遡ったところで合流している支流の名前です。永田地名解には次のように記されています。
Penke pipi ペンケ ピピ 上ノ小川知里さんが「単語の一つや二つは飛ばして訳し」と嘆きそうな予感もしますね……。続いて戊午日誌「東部志毘茶利志」を見てみましょう。
またしばし過て
バンケビヽ
ヘンケビヽ
二川とも右の方の川也。二川ともいとう・鯇等有。其上樹立原也。其名義は昔し此谷え鱒が上に至り水無処え到りし時、此山にすむ爺がよく是を取て喰料になせしと。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.604 より引用)
はい。これまた良くわからない解が出てきました。「ビビ」が「おじいさんが水のないところに飛び込んできた鱒を良く捕まえて食料にしていたから」というのは、ちょっとなんとも良くわからないですよね。pipi は、素直に「小石がごろごろしているところ」と考えていいかと思います。penke-pipi-nay であれば「川上の・小石がごろごろしている・沢」となるかなぁ、と思います。
上アプカサンベ沢川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
「春別発電所」から直線距離にして 6 km ほど上流に遡ったあたりで合流している支流の名前です。東西蝦夷山川地理取調図には「ハンケアツカシヤンヘ」「ヘンケアツカシヤンヘ」と並んでいるのですが、なんか良くわからない地名です。まずは戊午日誌「東部志毘茶利志」を見ておきましょうか。また上りて
ヘンケアフカシヤンベ
ハンケアフカシヤンベ
二川とも右の方に有て相応の川也。また上下とも左右に小川も有れども、其名はしれず。魚類鱒・鯇の二種有。名義は往昔此処にて鹿を取りし処、其形(頭)魚形にして恐ろしきものなりしかば、土人等是を持帰らずして此処に捨置しと云儀のよし也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.606 より引用)
これまた面白そうなことが書いてありますね(笑)。「昔、ここで鹿を獲った時、(鹿が)魚の形をしていたので、怖くなって放り捨てて帰ってしまった」というのですが……。面白いストーリーを考えたものです。ただ、apka-sampe だと「雄鹿・心臓」と考えられそうですが、sampe を「頭」と解釈できるかどうかが少々謎です。一方で、永田方正さんも「この解はなんか変だぞ」と考えたのか、次のような新説を開陳していました。
Panke wakka san pe パンケ ワㇰカ サン ペ 飲水出ル下川
Penke wakka san pe ペンケ ワㇰカ サン ペ 飲水出ル上川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.257 より引用)
中々「ありそうな解」になりましたね(少なくとも「鹿の頭の形が魚みたいだったよ!」というよりは)。penke-wakka-san-pet で「川上側の・飲水・出る・川」と考えたようです。wakka と「アフカ」の間には多少の違いがありますが、東西蝦夷山川地理取調図に「アツカ」とあったのが永田説を補強しているように思えます。これでほぼ決まりのような気もしますが、「アブカサンベ」という表記からは、もう一つの可能性も考えられそうです。penke-{apkas-an}-pet で「川上側の・{我ら歩く}・川」と考えてみたのですが、いかがでしょうか?
「どっちやねん」というツッコミを頂きそうですが、えーっと、とりあえず両論併記ということで……。
イドンナップ川
(?? = 典拠なし、類型あり)
春別ダムの上流でシュンベツ川に合流する支流の名前ですが、どちらかと言えば源流部の山(イドンナップ岳)の名前のほうが有名かもしれませんね。今回は久しぶりに、山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょう。
イドゥンナㇷ゚(itunnap)は蟻のことで,蟻が多かったので,その地をイドゥンナプと呼んだのが,これらの名の起こりであるという。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.354 より引用)
これも、わざとらしく「あれれぇ~」と声を上げたくなる解のように思えますね。セカンドオピニオン行ってみましょうか。イドンナップ岳
アイヌ語イドンナップは蟻のことだというが、蟻がこの地名にどうかかわるのか不明。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.82 より引用)
ですよねー。どうにも良くわからなくなってきたので、今更ではありますが戊午日誌「東部志毘茶利志」を見てみましょうか。またしばし過て
イトンナイ
左りの方相応の川也。鱒・鯇多し。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.606 より引用)
ほほう。ちょいと風向きが変わってきましたね。少なくとも {i-tunna-p} で「アリ」では無さそうな感じがしてきました。此辺へ来りて両岸皆雑木立也。土人別に此処をカモイコタンとも云り。其故は此処には熊も鹿も多く居て、何時も此処にて捕るが故に、定て是は神様が授て呉らるゝであらうに依て、恐ろしきと云よりしてイトマンと号しとかや。イトマンは恐しきと云儀也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.606 より引用)
「イトマンは恐ろしい」とありますが、これは…… i-sitoma のことでしょうか(i-sitoma で「恐ろしい」「怖がる」「脅える」といった意味があるみたいです)。でも、これも「アリ」とどっこいどっこいな感じがしますね。ここまで来て、ふと「!」と気づいたことがあります。イドンナップ川は、シュンベツ川の支流の中ではかなり長いほうです。ということで、e-tanne-p あるいは e-tanne-i で「頭(水源)・長い・もの」と考えられそうに思うのですが、いかがでしょうか。
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