やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の
地理院地図から配信されたものである)
ムコロベツ川
muk-oro-pet
つるにんじん(の根)・その所・川
(典拠あり、類型あり)
浦河郡浦河町の南東部を流れる
メナシュンベツ川の南支流の名前です。明治期の地形図にも「ムコロペッ」とありますね。
戊午日誌の「東部保呂辺津誌」には、次のようにありました。
またしばし過て
モコロベ
右のかた小川。其名義不解。此辺に至るや惣て両岸高山にして雑樹ふかし。
あー、残念ながら「其名義不解」ですね。でも、その頃から同じような地名で認識されていたということがわかっただけでも大収穫です。
「川の名前」には抜群の強さを誇る「北海道地名誌」に、今回も記載がありました。
ムコロベツ川 メナシウンベツ川の左小支流でつるにんじんのある川の意。
(NHK 北海道本部・編「
北海道地名誌」北海教育評論社 p.575 より引用)
はっはー、そういうことですか。
muk-oro-pet で「
つるにんじん(の根)・その所・川」では無いか、ということですね。
ただ、
muk を
oro で受けているのが少々気になります。「鵡川」の地名解でも毎回議論の的になるのですが、
muk には「ツルニンジン」以外にも「塞がっている」という状態を示す形容詞としての用法もあります。ですから
muk-oro-pet も「
塞がっている・その中・川」とも解釈できるんじゃないかなぁ、と。
というのも、ムコロベツ川がメナシュンベツ川と合流する 2 km ほど前から、小高い丘を挟んで並んで流れているように見えるのですね。メナシュンベツ川のほうから見ると、これが「塞がれている」と見えたりしなかったかなぁ……という。現段階では一つの可能性に過ぎませんが、一応記しておこうかと思います。
あ、そうそう。ムコロベツ川がメナシュンベツ川と合流するところに国道 236 号の橋がかかっているのですが、その名前が「女名春別橋」でした。なかなか洒落てますねぇ。
シマン川
suma-un(-pet)?
石・ある(・川)
(典拠あり、類型あり)
日高幌別川の支流で、メナシュンベツ川と日高幌別川が合流する 300 m ほど上流で日高幌別川と合流しています。
シマン川の上流にはベリタス川やノートン川があr(
ありません)。
山田秀三さんの「北海道の地名」に記載がありましたので、見てみましょうか。
シマン川
旧図はシュマンと書いた。メナㇱウンペッとシュㇺペッの間の川で,それらの合流点で落ち合っている。つまり三川合流の形である。
「シュㇺペッ」は
sum-pet で「西・川」という意味ですが、これは現在の「日高幌別川」の本流を意味します。続きを見てみましょうか。
上流を見ていないので,語義が分からないが,形だけでいうならシュマン←シュマ・ウン「shuma-un(-pet)石・がある(・川)」と聞こえる。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.343-344 より引用)
ふむふむ。
suma-un(-pet) で「
石・ある(・川)」では無いか、ということですね。
ちなみに、戊午日誌の「東部保呂辺津誌」では少々誤解があったか、次のように記されていました。
束の方に当るを
メナシシユマン
是東のシユンベツと云儀なり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.418-419 より引用)
実際の地形は、志満橋の近くでメナシュンベツ川とシマン川が日高幌別川(シュㇺペッ)に合流しているのですが、シマン川自体が上流でベリ……じゃなくて「メナシュマン川」と「シンノシケシュマン川」に分かれていました。つまり、「メナシュマン川」は
menas-{suma-un} である可能性が高そうなのですが、戊午日誌では
menas-{sum-pet} で「東・西川」なんだよ、としてしまったんじゃないかなぁ、と。
ややこしくなってしまったので、ちょいと整理しておきましょう。東から順に「メナシュマン川」は
menas-{suma-un}(-pet) で「東・シマン川」、「シンノシケシュマン川」は
sin-noske-{suma-un}(-pet) で「主たる・真ん中の・シマン川」、「シマン川」は
suma-un(-pet) で「石・ある(・川)」となりそうな感じです。
「北海道地名誌」では、「メナシュマン川」を「水源が東に行く川の意」としていますが、ちょっとうまく解釈できないですね……。mena を「水源」と考えたのだとしても、「シュマン」で「東に行く」とは考えづらいので。
ソガベツ川
so-ka-pet
滝・かみ・川
(典拠あり、類型あり)
シマン川の北西を流れる日高幌別川の支流の名前です。「ソガベツ」という名前からは
曾我兄弟の仇討ちあたりを想像してしまいますが、特に関係は無さそうです。地形図を見ると中流部に「ソガベツの滝」という滝があるようですね。
軽くネタバレを挟みつつ、今回も「北海道地名誌」を見てみましょうか。
ソガペツ沢 野塚岳に発するソガベツ川の左支流の沢。アイヌ語「ソカペッ」で滝の上の川の意か。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.575 より引用)
あー……。割とそのまんまだったみたいですね。
so-ka-pet で「
滝・かみ・川」と考えて良さそうです。
戊午日誌の「東部保呂辺津誌」にも次のようにありました。
またしばし過て
ソウカベツ
右のかた小川。右の川の上に大滝有。此処まで鮭・鯇・鰔等上れども、それより上えは一尾も上ることなしと。是より両岸峨々たる峻壁になりて、猛獣・豪鷲多し。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.422 より引用)
あーなるほど。魚が遡上できない滝の存在は、漁撈の上では重要な情報ですよね。ちなみに「鯇」は「アメマス」のことで、「鰔」は「タラ」または「カレイ」らしいのですが……川に遡上しましたっけ?
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