2015年11月14日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (297) 「クマネシリ岳・ニペソツ山・ウペペサンケ山」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

クマネシリ岳

kuma-ne-sir
物乾棚・のような・山(大地)
(典拠あり、類型あり)
足寄町西部、上士幌町との境界にほど近いところにある山の名前です。クマネシリ岳のすぐ西の町境には「西クマネシリ岳」や「南クマネシリ岳」もありますね。クマネシリ岳の北側を流れる美里別川には「熊根尻橋」という橋があるようですが、これは当て字……でしょうかね?

アイヌが名付けた地名は圧倒的に川の名前が多く、山の名前は川の名前から取られているものが多いのですが、この「クマネシリ」は随分と昔から記録に残されています。東西蝦夷山川地理取調図にも「クマ子シリ」とありますね。

更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には、次のように記されています。

クマ・ネ・シリは乾棚のような山の意。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.226 より引用)
ああ、そういや kuma は「肉乾棚」という意味でしたね。知里さんの「小辞典」には魚の干物を吊るしている物干し竿のような棒と、それを支える Y 字型の木が描かれています。そこから転じて横に長い山を意味することもあるのだとか。

山田秀三さんの「北海道の地名」にも、次のように記されています。

クマ・ネ・シリ(kuma-ne-shir 物乾し棚・のような・山)の意。ここは山中で山容を残念ながら眺めていない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.298 より引用)
そして、山田さんの「北海道の地名」に大いにインスパイアされたと思しき鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」には、次のようにあります。

まことにそのとおりで、主峯は 1,585 メートルであって、一段下がった肩の部分は1,400~1,360 メートルの台地が 4 キロ以上に亘って展開している珍しい山である。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.161 から引用)
改めて地形図を見てみると……うわ、確かにこりゃ変わった形をしていますね。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
ということで、「クマネシリ岳」は kuma-ne-sir で「物乾棚・のような・山(大地)」と考えて良さそうですね。山名として古くから知られていたおかげで、近くの山が「西クマネシリ岳」「南クマネシリ岳」と呼ばれるようになってしまった、ということなのでしょうね。

西クマネシリ岳の北隣に位置する「ピリベツ岳」については、北海道のアイヌ語地名 (210) 「美里別・仙美里・追名牛」をどうぞ。

ニペソツ山

nipes-soso-ot(-nay)
シナノキの皮・剥ぐ・いつもする(・沢)
(典拠あり、類型あり)
上士幌町の幌加温泉(ユウンナイ川沿い)の西に聳える標高 2,013 m の山の名前です。山の向こう側の新得町には「ニペソツ川」が流れているので、本来は川の名前だった可能性がありそうですね。

では、早速ですが更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」を見てみましょう。

 ニペソツ山
 新得町との境の二〇一二・七メートルの山。意味不明。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.226 より引用)
はい。山の高さが 2012.7 m だったことがわかりましたね。では続いて山田さんの「北海道の地名」から。

 ニペソツ川は十勝川をだいぶ上った処の東支流。松浦氏登加智留宇智之日誌はニペシヨチと書いた。語義未詳。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.322 より引用)
確かに、戊午日誌にも次のように記されていました。

並びて少し行
    ニペシヨチ
右の方小川。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.190 より引用)
改めて引用するまでも無いという話もありますが、まぁ、それはその……(汗)。

音はニペソッ(ni-pes-ot 木が・下る・いつもする)と聞こえる。流木がよくある川の意ででもあったか。あるいはニペシ・ソソ・オッ・ナィ(nipes-soso-ot-nai しなの木の皮を・剥ぐ・いつもする・川)のような形から来たのかもしれない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.322 より引用)
はっはー。nipes は「シナノキ」なんですね。アイヌの織物はオヒョウ(楡)の樹皮から紡がれたものが有名ですが、シナノキの樹皮からも糸を紡いで織物にしていました。ただオヒョウから紡いだもののほうが手触りが良く高級感があったので、シナノキよりもオヒョウ(楡)のほうが大事にされていたような勝手な印象があるのですが、実際はどうだったのでしょうね。

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」には次のようにありました。

山田北海道の地名は「音はニペソツ(ni-pes-ot 木が・下る・いつもする)と聞こえる。流木がよくある川の意であったか。あるいはニペㇱ・ソソ・オッ・ナィ(nipes-soso-ot-nai しなの木の皮を・剝ぐ・いつもする・川) のような形から来たのかもしれない」と記した。流域にはシナノ木が多くあったことから、後の解の方が現地とあっているように考えられる。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.118 から引用)
ということで、シナノキ説の信憑性が俄然高まるわけですが、「ニペソツ」という音からは nipes-ot(-nay) でも良さそうな感じがするのですよね。あ、nipes は「シナノキの皮」だから「群在する」のはおかしいということですか(ようやく気づいた)。それで山田さんは間に soso を挟んだわけですね。山田さんの説の通り nipes-soso-ot(-nay) で「シナノキの皮・剥ぐ・いつもする(・沢)」と考えるのが整合性がありそうな感じです。

別のアプローチとしては、{nipes-ni}-ot-nay (シナノキ・群在する・沢)と考えることもできそうですが、これだと ni が完全に脱落したというシナリオを考える必要がありそうです。

ウペペサンケ山

upepe-sanke-nupuri
雪解け水・出す・山
(典拠あり、類型あり)
上士幌町の幌加温泉から見て南側に聳える山の名前です。標高は 1,848 m で、上士幌町と鹿追町の町境に位置します。

まずはロックな地名解を期待して更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」から。

 ウペペサンケ山
 上士幌町との境にある一八七〇メートルの山。ウペペ・サンケ・ヌプリは雪解の水を出す山の意。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.221 より引用)
ん……? 標高が結構違っていますが、計測ミスでもありましたかね。そして密かに「意味不明」と突き返されることを期待していたのですが(ぉぃ)、今回はしっかりと解が記されていました。upepe-sanke-nupuri で「増水・出す・山」と読み解けますが、upepe-wakka で「雪解け水」となるようなので、これも更科さんの解の通り「雪解け水・出す・山」と考えてよさそうです。

ちなみに、「ウペペサンケ」も古くから山の名前として伝わっていたようで、東西蝦夷山川地理取調図にも「ウヘヽサンケノホリ」と記されています。クマネシリとの位置関係が少々おかしかったりもするのですが、鳥瞰が不可能な時代のものですから、むしろこの程度のズレで収まっていること自体に感心すべきなのかもしれません。

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