Bojan International
9月 2015
旅行記(主に北海道)・乗車記・フェリー乗船記・ホテル宿泊記やアイヌ語地名の紹介など。ネタ視点多めで毎日懲りずにお送りしています
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アイヌ語地名
2015年9月30日水曜日
道東の旅 2013/春 (258) 「マクドナルドで夕食を」
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苫小牧東フェリーターミナルへ 平取町岩知志の某農家さんのお宅を出たのは 18 時を少し回った頃でした。あ、ここにも平取仕様のバス停が見えますね。 十勝とは違って、日高では殆ど雪を見ることは無かったのですが、それでも「なだれ注意報」が発表されていました。山間には残雪がある...
2015年9月29日火曜日
道東の旅 2013/春 (257) 「二度目の振内鉄道記念館」
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仁世宇駅の近くでした 道道 638 号「宿志別振内停車場線」で平取町振内に向かいます。豊糠と振内の間の「桂峠」は、平取町内の中でもワイルドな雰囲気が色濃く残る峠で、過去にはキタキツネとご対面したこともありました。 峠を越えると、沙流川南岸の平野部です。基本的には農地とし...
2015年9月28日月曜日
道東の旅 2013/春 (256) 「右往左往する道道 71 号」
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まだ新冠町でした 新冠町新和というところにやってきました。……写真を整理していて、「あれっ、もう貫気別?」と思ったのですが、いえいえここは新冠町です。 厚別川の支流である里平川に架かる「里平橋」を渡ると、日高町に入ります。「……あれ?」と思われる方もいらっしゃるかも知れ...
2015年9月27日日曜日
北海道のアイヌ語地名 (286) 「津別・達媚・活汲」
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やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。 (この背景地図等データは、国土地理院の 地理院地図 から配信されたものである) 津別(つべつ) tu-pet? 峰・川 (? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり) 久々の大地名ですね。ソースが豊富なのはありがたい話で...
2015年9月26日土曜日
北海道のアイヌ語地名 (285) 「ケミチャップ川・木樋・本岐」
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やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。 (この背景地図等データは、国土地理院の 地理院地図 から配信されたものである) ケミチャップ川 kene-cha-p?? ハンノキ・刈る・ところ (?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認) 津別町西部の道道 51...
2015年9月25日金曜日
道東の旅 2013/春 (255) 「太陽開拓の歩み」
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なぜ先行車が? 右折して、道道 71 号を平取に向かいます。こんな言い方をしてしまってはいけないのかも知れませんが、あまり車が通らない雰囲気があるこの道で、なぜか 2 台も先行車があるのはなんか変な感じですね……。 平取までは、まだ 59 km もあります。まぁ、同じ町...
2015年9月24日木曜日
道東の旅 2013/春 (254) 「『ケバウ橋』再び」
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道道 71 号で平取へ 道道 71 号を静内川に沿って北東へと向かいます。やや逆方向なのですがこればかりは仕方がありません。 道道 71 号はこの先の十字路を左ですね。というわけで左折すると…… 平取まで、あと 64 km です。んー、こうやって見ると結構な距離で...
2015年9月23日水曜日
「日本奥地紀行」を読む (49) 日光 (1878/6/23)
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引き続き、1878/6/23 付けの「第十信」(本来は「第十三信」となる)を見ていきましょう。 針仕事 イザベラが図らずも参加することになった「子どものパーティ」の主催者(?)の女の子の名前が「ハル」で、ハルの母親が「ユキ」と言う名前です。「パーティ」での子どもたちの落ち着...
2015年9月22日火曜日
「日本奥地紀行」を読む (48) 日光 (1878/6/23)
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引き続き、1878/6/23 付けの「第十信」(本来は「第十三信」となる)を見ていきましょう。 罰 イザベラは奥地紀行に旅立つ前に、日光は入町村の学校見学に出かけます。日本の子どもの従順さの影に日本人の国民性を見出すとともに、本来は自由奔放であるはずの子どもたちを一体どのよ...
2015年9月21日月曜日
「日本奥地紀行」を読む (47) 日光 (1878/6/23)
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今日からは、1878/6/23 付けの「第十信」(本来は「第十三信」となる)を見ていきます。 静かな単調さ イザベラは、これからの奥地紀行の準備を整えるために日光の入町村に十日ほど逗留しましたが、イザベラが入町村を気に入るのには、十日間の逗留は十分過ぎるほどだったようでした...
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