(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
塘路(とうろ)
(典拠あり、類型あり)
川上郡標茶町南部の、釧路湿原の東の外れにある湖の名前です。アレキナイ川やオモシロンベツ川などのいくつかの河川が注ぎ、釧路川に流出しています。アイヌの地名は川については非常にこまかく名付けられていたのですが、湖沼については案外こだわりが無かったようで、ただ単に「トー」(湖、あるいは沼)と呼ばれていたケースが多かったようです(生活圏に複数の湖沼があった場合は「ポロトー」「ポントー」と言った感じで最低限の区別をしていたようです)。
では、今回は山田秀三さんの「北海道の地名」から。
有名な部落があり,トオロコタンといわれた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.270 より引用)
へぇ。これは知らなかったです。トオロはト・オロ(to-or 沼の・処)の意。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.270 より引用)
ふむふむ。ちょいと循環参照的なネーミングですが、その理由は前述のとおりだとご理解ください。つまり、塘路湖のことは、本来は単に「トー」としか呼ばれておらず、塘路湖の近くのコタン(集落)の名前が湖の名前に転用された、と言った感じでしょうか。to-oro で「沼・ところ」と考えておいて良さそうな感じですね。アイヌ時代の貴重な食料であったペカンペ(菱の実)の名産地である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.270 より引用)
そうなんですね。pekampe は「菱の実」という意味ですが、地名では釧路のあたりに頻出していて、それ以外ではあまり見かけないような気がします。「別寒辺牛湿原」なんかが pekampe の入った地名ですね。モヤサム
(典拠あり、類型あり)
塘路湖の北岸には岬状の地形がいくつかあるのですが、「モヤサム」は塘路湖の中央からやや西側に位置する岬状の地形のひとつです。まるで沿岸流に流されてできた砂嘴のような地形に見えるのですが、塘路湖は東から西にゆっくりと流れているはずなので、ちょっと解せない形の地形ですね。あるいは沿岸部は逆流していたりするのでしょうか。「モヤサム」は、実は道内各所に見られる地名らしく、moy-asam で「入江・奥」だと考えられます。……知里さんの「──小辞典」に、そのものずばりの記載がありましたので引用しておきましょう。
moy-asam, -a モやサム 入江の奥。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.62 より引用)
ふーむ。これを見た感じだと、所属形なら「モヤさま」になってしまうようにも見受けられますね……(汗)。タンネヌタップ
(典拠あり、類型あり)
塘路湖の「モヤサム」の東隣に位置する岬状の地形が、等高線を見た感じだと「岬」と言うよりは「砂嘴」に近いのかも知れません。100 m ほどの長さで塘路湖に向かって一直線に伸びている平地(あるいは湿地)のように見えます。かなりマイナーな地名だと思われたのですが、「戊午日誌」に記載がありました。
廻りて
タン子ノタフ
是一ツの湿沢の出岬有て湖中突出す。タン子は長ゐ、ノタフは岬の事也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.489 より引用)
はい。tanne-nutap で「長い・川の湾曲内の土地」と考えられそうですね。念のため、nutap の解釈を知里さんの小辞典から引用しておきましょう。nutap, -i ヌたㇷ゚ ① 川の彎曲内の土地。 ②【ナヨロ】山下の川ぞいの平地。③【サマニ】川ぞいの岩崖の上の平地。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.70 より引用)
自然な状態の川は、平野部ではクネクネと湾曲してしまうものなのですが、そのクネクネの内側の土地のことを nutap と呼んでいたみたいです。広義では「岬」と言えなくもないのですが、尾根がそのまま海に沈み込んでいるような岬は not や etu と呼ぶことが常だったので、アイヌの地名では nutap と not や etu は明確に区別されていたようですね。www.bojan.net
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