さて。会津若松を出発しておよそ 1 時間半ほどが経過して、津川駅に到着しました。津川は阿賀町(あがまち)の中心地ですが、町を流れる川は「阿賀川」ではなく「阿賀野川」になっています(新潟県に入ると「阿賀野川」ですね)。
それはそうと、駅名標に大胆にイラストがあしらってあるのが目を惹きますね。
狐の嫁入り行列
さて、「狐の嫁入り行列」とは何ぞや? という話なのですが……狐の嫁入り行列(きつねのよめいりぎょうれつ)は、新潟県東蒲原郡阿賀町津川地区で毎年5月3日に開催される祭である。
(Wikipedia 日本語版「狐の嫁入り行列」より引用)
ふむふむ。そういう祭があるのですね。津川地区のシンボルとして聳え立つ麒麟山にはかつて狐が住んでおり、戦国時代には「津川城」がおかれていたが、「狐戻城」(あまりの険しさに狐も登る事を諦め戻ってしまう程の意)とも呼ばれる程の険しい山であった。
(Wikipedia 日本語版「狐の嫁入り行列」より引用)
ほうほう。この山には古くから狐火(鬼火)と呼ばれる光が見られた。現在は殆ど見られなくなったが、津川の狐火は出現率が世界一とも言われ、麒麟山及び狐火にまつわる数多くの話がある。
(Wikipedia 日本語版「狐の嫁入り行列」より引用)
狐火(鬼火)って、「セントエルモの火」みたいなものかな? と思ったのですが、ちょっと違うみたいですね(「セントエルモの火」は静電気の放電現象だとされているのですが、日本における「狐火」「鬼火」の実態は諸説あるようです)。で、「狐の嫁入り行列」に話を戻しますが、
この中で「狐の嫁入り行列」という言い伝えがあった。かつてこの地域の「嫁入り」は夕方から夜にかけて行われたため、提灯を下げて嫁入り先に行列していった。この行列が麒麟山の峠を越えていく際に、堤灯の明りと狐火が平行して見えたりしたことからこの言い伝えが生まれた。
(Wikipedia 日本語版「狐の嫁入り行列」より引用)
なるほどー。提灯行列の灯火と狐火が並行して見えたとのだとすると、蜃気楼のような現象にも感じられますね。実際、狐火の原因を乱反射に求める例もあるのだそうです(乱反射と蜃気楼は別物ですが)。こうした言い伝えや民話を下地とし、1989年に新潟県が企画した「デスティネーションキャンペーン」(JR東日本とタイアップし、県内のある地域を取りあげ、その地域の祭り及びイベントを関東圏のJR駅でPRするキャンペーン)に乗って1990年5月3日に第1回が開催された。
(Wikipedia 日本語版「狐の嫁入り行列」より引用)
へぇ~。祭としての体裁は 1990 年が初めてだったんですね。古くからある題材を「祭」として実体化させたというのは興味深いです。以降、その幻想的な祭の構成に注目が集まり、現在では津川地区の人口5,000人に対し、5万人にも及ぶ観光客が訪れるようになっている。
(Wikipedia 日本語版「狐の嫁入り行列」より引用)
おー、それは凄いですね!水量どうでしょう
津川駅の次の三川駅を過ぎたところで阿賀野川を渡ります。それにしても、相変わらず凄い水量ですね。五十島(いがしま)駅に到着しました。
野原の残雪も、かなり少なくなってきました。
国道 49 号のスノーシェッド群
このあたりでは、国道 49 号線は阿賀野川の北側を、JR 磐越西線は阿賀野川の南側を走ります。国道 49 号の五十島トンネル以外は昔のルートを踏襲しているので、トンネルの隙間から対岸の国道のスノーシェッドが良く見えます。国道 49 号のスノーシェッドは、実はかなり長いのですが、建設された時期が異なるからか、様々な形をしています。
いずれも幾つもの年月を経たものばかりで、どれも味わい深いですね。
この間、わずか 1~2 分で通過するのですが、この眺めは磐越西線からしか見られないと思うと、ちょっとだけ得した気分になることができます。
www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International
0 件のコメント:
コメントを投稿