2013年9月29日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (146) 「高山・オションナイ山・幌泊」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである)

高山(たかやま)

cise-po-yan-tomari?
家・小さな・上陸する・泊地
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
「上泊」の北隣にある集落の名前です。ちょっとややこしい話になりそうなのでお気を付けください。

まず、国土地理院の地図では「高山」とひとくくりにされていますが、実際の字名で見てみると、南側が「チイサントマリ」で、北側が「高山」なのだそうです。

では、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」を見てみましょう。

五万分の一の地図では、船泊から東へ山越えしたところの部落名になっているが、現在は、そこから二キロも南に寄ったところを呼んでいる。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.216 より引用)
はい。これは大丈夫ですよね。北側が「高山」、南側が「チイサントマリ」です。

もとこの二つの地点の中間に、リーポキという地名があったので、それを高山と訳したものか、全くの日本名か明らかでない。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.216 より引用)
なるほど。ri-pok-i かなーと思ったのですが、これだと「高い・下の・ところ」となってしまって、今ひとつ意味が不明です。

地元では、現在の高山というところを、チイサントマリと呼んだところだといっているが、明治三十年ごろの地図では、サンオマトマリとチセポヤントマリという二つの船澗の中間あたり、といっても岩礁と岩礁の間であるが、地元でいうチイサントマリとは、チセポヤントマリのなまったものかと思われる。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.216 より引用)
はっはー。これはさすがに、こういった情報が無いと意味を推し量るのは困難ですね。チセポヤントマリですか……。cise-po-yan-tomari だと「家・小さな・上陸する・泊地」となりそうですし、あるいは単純に cise-po-un-tomari で「家・小さな・そこにある・泊地」かも知れませんね。

とりあえず、地井さんは関係なさそうです。

オションナイ山

o-so-un-nay
河口・滝・ある・川
(典拠あり、類型あり)
地井さん泊……いや、「高山」の後背に位置する山の名前……ですが、「ナイ」というくらいですから、もともとは川の名前だったのでしょうね(近くを流れる川の名前から、山の名前としても使われるようになった、ということでしょう)。

「オションナイ」ですが、音からは o-so-un-nay だと思えます。似た名前が道内各所にあるのでお馴染みの名前ですが、「河口・滝・ある・川」ですね。札幌市内の「精進川」と同じです。

幌泊(ほろどまり)

poro-tomari
大きな・泊地
(典拠あり、類型あり)
礼文空港の東隣あたりの地名で、漁港があります。空港の西隣にも漁港があって、規模はそっちのほうが遙かに大きかったりしますが……。

今回も、更科さんの「アイヌ語地名解」からどうぞ。

礼文町大字船泊字子焚場と行政面にあったが、その場所を明示している地図がないから、最近地名を改めたのかもしれない。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.216 より引用)
ふむふむ。更科さんの時代には「子焚場」と呼んでいたのですね。子を焚くとはこれまた恐ろしい感じがするのですが……。

これは豊漁で鰊を魚粕にたいたのに名付けられた地名かと思われ、もと幌泊といったところだとおしえられた。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.216 より引用)
へぇえ。そういえば、昔は獲れすぎた鰊を肥料にしていたと聞きましたが、その名残なのかも知れませんね。「もと幌泊といった」とありますが、地図で見た限りでは今も「幌泊」のようです。

もしそうだとすればこのあたりは昔からアイヌ語のポロ・トマリで、親のように大事な船泊りの意味で、この付近で一番大事な船澗ということになる。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.216 より引用)
はい。poro-tomari で「大きな・泊地」ですが、あるいは更科さん風に「大事な・泊地」としても良いのかも知れません。

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