Building Atomic Vegas
「核実験博物館」にて、お堅い内容の展示を一通り見てきたわけですが、この建物にはもう一つ「展示コーナー」がありました。というわけで、はじまりはじまり……。
http://www.nationalatomictestingmuseum.org/exhibit-past.aspx によると、この展示は 2012/1/5 で終了したようです。
放射能で巨大化したと言えば
入口には、一枚のポスターが。これ、説明はありませんが、どう見ても「ゴジラ」ですよね……。今更ながら、その世界的な知名度には驚かされます。
1950 年代
まずは「1950」コーナーから。Atomic Popculture と題された一角があるのですが、そこには……
……絶句。ちょっと言葉が出てこないですね。
こんなポスターもありました。
当時のラスベガスの風景を描いたものだと思うのですが、これもまた……。
当時、「核兵器」は自国(アメリカ)が世界に冠たる「超大国」であることのシンボルであり、使うものでは無かったにせよ、「大いに見せびらかすもの」だったのだろうなぁ、と感じさせます。
1960 年代
ところが、1960 年代に入ると……核兵器の独占が早々と崩れ去ったのみならず、大陸間弾道ミサイルの進歩により、アメリカの全域が核攻撃を受ける可能性が出てきてしまいました。核兵器を得意気に見せびらかしていた時代は終わり、キューバ危機などにより核戦争の可能性が現実味を帯びていく中、人々の興味は「いかに核戦争下で生き抜くか」に移っていきます。
「冷戦」による米ソの対立が緊張と緩和を繰り返す中、ネバダでの核実験は粛々と進められますが、
一方で、ラスベガスの街も、劇的な発展を遂げて行くことになります。
たとえば、Casinos Opening in the 1960s(1960 年代にオープンしたカジノ一覧)があるのですが、
この通り。有名な「シーザース・パレス」のほかにも、こんなに沢山ものカジノが「緊張の 1960 年代」にオープンしていたのでした。
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