2012年8月26日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (70) 「丸瀬布・若咲内・瀬戸瀬」

昨日とは打って変わって、比較的わかりやすいネタを揃えた……つもりだったのですが。世の中そう甘くは無いものですね(笑)。

丸瀬布(まるせっぷ)

maw-re-sep?
風・三つ・広くなる
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
かつて森林鉄道が走っていて、そこで使用されていた雨宮製作所の蒸気機関車が保存されていることで有名なところです。かつては「丸瀬布町」でしたが、今は合併で遠軽町になっています。

というわけで、まずは山田さんの「北海道の地名」を見ていきましょう。

 湧別川上流の川名,町名。丸瀬布市街は,湧別川北岸の街で,ここまで川を遡ってこれだけの町並みがあったかと思うような処。駅からまっすぐ川に出で,橋から湧別川を見おろすと目がくらくらするような峡谷である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.187 より引用)
これはまた随分と面白い感想で……。続けましょうか。

 丸瀬布川は街の上手のはずれで西から湧別川に注いでいる川で,それがこの名のもとになったらしいが,永田地名解は,ただ「マウレセㇷ゚ ?」と書いているだけである。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.187 より引用)
おお、またしても伝家の宝刀「?」が炸裂しましたね。

私も語義の見当がつかない。土地では小さい小川の集まってできた広い処との説があるやに聞いたが,よく分からない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.187 より引用)
山田さんも匙を投げてしまった……! 仕方が無いので、「角川──」(略──)を見てみましょうか。

古くはマウレセプと称した。網走地方中部,湧別川および同川支流丸瀬布川・武利川流域の山間に位置する。地名の由来はアイヌ語マウレセプで,「北海道駅名の起源」では「三つの川の集まる広い所,と言われているが真意は不明」とある。また「丸瀬布郷土資料6」では「子の川が並んで3つある広い所の意」と述べている。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1425 より引用)
うー、途中までいい線行っていたのになぁー。「と言われているが真意は不明」なのだそうです。つづき。

アイヌ時代の住居跡である金山遺跡があるが,文政年間の間宮林蔵蝦夷図には当地にコタンの表示がないので,その頃すでに地内のアイヌ集落は消滅してしまっていたと思われる。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1425 より引用)
なるほど……。とりあえず、手元の辞書などを当たってみたのですが、どうにも良くわかりません。特に「マウ」が意味不明です。

もし、仮に maw-re-sep だとしたら、「風・三つ・広くなる」となりそうです。きっと「レ」と「セプ」はこの解釈なのだと思いますが……。現実の丸瀬布の地形も、武利川と丸瀬布川が湧別川に合流するところで、やや開けた地形ではあるのですが……。

若咲内(わかさくない)

wakka-sak-nay
水・無い・沢
(典拠あり、類型あり)
稚内の近くには「稚咲内」という地名がありますが、ここは「若咲内」ですね。由来はおそらく同じで、wakka-sak-nay で「水・無い・沢」だとのこと。念のため、「角川──」()を見てみましょう。

同年山形県人小林兵次が入植,翌40年以降岐阜県人,山形県人などが移住,大正初年にはマウレセップ原野13~14号間に小市街地が形成され,ワッカサクナイ市街と呼ばれた。ワッカサクナイ(水が涸れる沢の意)は,明治30年代からコタン沢(字柏)に居住していた上川アイヌによって名付けられたと思われる。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1637 より引用)
なるほど。ということなのだそうです。

瀬戸瀬(せとせ)

setani-us-i?
エゾノコリンゴ・多くある・所
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
新潟県の関越自動車道には「山本山トンネル」というトンネルがありますが……関係無いですね、はい。

山田秀三さんの見解がなかなか卓見に思えるので、ちょいと引用してみましょう。

 遠軽町内。遠軽市街から湧別川を約10キロ遡った処で,南の山から注いでいる川名,付近の地名。昔からその名だったのなら,セトゥシ「set-ush-i 巣・多い・もの(川)」のような意味であろう。だが明治31年5万分図では今の瀬戸瀬川の処にセタニウシウトゥルコツとあり,その東の山がセタニウシ山である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.186 より引用)
ふむ。確かに「背谷牛山」という山がありますね。続きを見てみますと……

 セタニウシウトゥルコツだったら setani-ushi-utur-kot「えぞのこりんごの木が・群生する処・の間の・沢(凹地)」であったろう。セタニウシがセタウシとなり,更に瀬戸瀬と訛ったと考えたいが,だいぶ音が離れているようで全く自信がない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.186 より引用)
うーん。困りましたね。山田さんの「発見」から推測すると、もともと setani-usi だったものが seta-usi となり、さらに訛って「瀬戸瀬」になった、と見るしか無さそうです。setani-us-i で「エゾノコリンゴ・多くある・所」としておきましょう。

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