2010年12月31日金曜日

北海道・東北の旅 2010/夏 (31) 「厚真と言えば『厚真犬』」

「三航北国日誌」第 31 回です。今年も皆様には大変お世話になりました。来年もきっと相変わらずこの調子だと思います(←

厚真と言えば「厚真犬」

国道 274 号線を離れ、道道 74 号線を穂別に向かいます。
左折すると平取・穂別市街に向かいます。右折すると……
赤い字で「未開通」と書かれています。厚真と言えば「厚真犬」ですが、ソフトバンクモバイルの「お父さん(犬)」は厚真ではなく「むかわ町生まれ」なのだそうです。

Wikipedia を見てみると……

出身の有名人
キートン山田(声優)
田畑真紀(スピードスケートオリンピック出場選手、バンクーバーオリンピック銀メダリスト)
関ナツエ(スピードスケートオリンピック出場選手)
鈴木靖(スピードスケートオリンピック出場選手)
椿文子(ショートトラックスケートオリンピック出場選手)
坂本一魔(マジシャン)
松井雄飛(ミュージシャン。元・鵡川高校野球部)
鈴木章(科学者。2010年ノーベル化学賞受賞)
(Wikipedia 日本語版「むかわ町」より引用)
とあり、「白戸家のお父さん」の名前はありません。……よーく見ると「出身の有名」とあるので、名前が無くても仕方が無いのかもしれません(←

過疎地における公的サービスのあるべき姿について

穂別の中心部はとても小綺麗で、正直かなり驚きました。
ただ、以前に見た NHK の番組(夕張の医療を扱ったドキュメンタリー番組)では、穂別の病院も医師不足が深刻だ、とのことでした。ここも「高齢者の増加」と「税収の落ち込み」という負のスパイラルに陥っている……ように思えたのですが、実際はどうなのでしょうか。「ハコモノを造れば人も集まるだろう」という安易な考えに陥っていなければいいのですが。

鵡川を渡り、富内に向かいます。
除雪作業の費用も馬鹿にならないらしいですね。このあたりの降雪量はどれほどなんでしょうか。日勝峠のあたりは結構積もる印象があるのですが。

登録有形文化財

道路は鵡川の左岸を走りますが、穂別や富内の集落はどちらも右岸にあります。まだ時間もあるので、再度鵡川を渡って、富内の中心部に向かいます。
なにやら見えてきたので、車を停めてうろうろしてみることにします。続きは来年にでも!(←

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2010年12月30日木曜日

北海道・東北の旅 2010/夏 (30) 「動物注意、動物注意、動物注意」

「三航北国日誌」第 30 回です。……いつまでカウントアップを続けるつもりなんでしょ、これ(←

動物注意、動物注意、動物注意

キウス PA で GS の位置を確かめ、まずは夕張 IC を目指します(道東道は夕張-占冠間が未開通なので、暫定の終点となります)。相変わらず片側 1 車線の道が続くのですが、
動物注意だったり、
動物注意だったりします(←)。看板は、ご覧の通りのイラスト入りで、なかなか愛らしいものなんですが、
高速走行中に目の前にシカが飛び出てきた日には、心臓が凍るでしょうね……(幸い、まだそういった経験はありませんが)。

フィリピン → バナナ、夕張 → メロン

さてさて……。夕張にやってきました。やはりメロンは外せないようですね(笑)。
終点の夕張 IC で国道 274 号に合流します。
帯広・日高方面は右折ですね。右折してちょいと進むと、キウス PA での案内通りに GS がありました。あ、GS と言ってももちろんジャイアントスラロームのことではなくて……(←
これが今回の旅で初めての燃料補給です。前回、満タンにしてからは 605.7 km、そのうち今回の旅程は約 524 km です。
それなりの燃費、ですね。自分はアクセルを戻すのが比較的早いほうなので、ストップ&ゴーが少ないと燃費を稼げるドライビングなのかも知れません。

むかし穂別町、今むかわ町穂別

ここからは、国道 274 号を東に向かいます。……また雨が降ってきました。
穂別ダムのちょと手前、稲里簡易郵便局のあるあたりで右折して、穂別の中心部に向かいます。

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2010年12月29日水曜日

北海道・東北の旅 2010/夏 (29) 「トイレしかない、ホントにトイレしかない」

「三航北国日誌」第 29 回です。本日は四全総後の国土開発のあり方にフォーカスした内容でお届けします(大げさ)。

トイレしかない、ホントにトイレしかない

えー、そんなわけで「キウス PA」にやってきました。ちなみにこの「キウス PA」、日本唯一の「名称がカタカナだけ」の PA だそうです。「へぇ」と発声する気すら起こらないネタですね。
はい、ご覧の通り、トイレしかないタイプの PA です。いや、自販機はあるんですが、
ゴミ箱すらありません。「トイレしかない」というスタンスを徹底していますね。

寒冷地仕様

入口には自動ドアが。寒冷地仕様というヤツですね。
中には「ガソリンスタンドマップ」なる掲示が。
こういった情報は嬉しいものです。というのも、また例によって例の如く、ガソリンの残りがそれほど無い状態でした。計算上は(この日のゴールの)平取までは持つ状態だったのですが、不足の、じゃなくて不測の事態が起こらないとも限らないので、途中でトップオフすっかなー、と考えていたところでした。

「フルサービス GS」とグローバリゼーションの相克(←

道東道(あ、「山本山」みたいだ)は徹底した低コスト体質のようで、SA や PA にはガソリンスタンドは無いみたいです。ですので、ガソリンを補給するには IC 近くの一般道沿いの GS を探すしかありません。
ふむふむ、夕張 IC の近所には ENEOS が 2 軒あるみたいですね。どちらもフルサービスなのが嬉しい限りです。
「フルサービスの GS」って、諸外国から見るとおかしいのかも知れないですけど、温水洗浄便座が当たり前のように存在する国なのですから、「日本の良き文化」を守りたいところなんですがねー。……端的に言って「雇用の創出」を願っているだけなんですけどね。

高速道路無料化と環境負荷削減を両立する可能性を改めて考える

話を元に戻して道東道ですが、ガソリンを入れるのに一旦流出しないといけない……というのは、通行料の面で高くつきそうです。が……
これだったら金銭面での負担はありませんね。高速道路料金については将来的にどうなるか不透明ですが、乗用車については「一日定額制」「一ヶ月定額制」などの制度を考えるべきかなぁ、と思います。前者は鉄道で言う「周遊券」と同じ考え方で観光需要の喚起を、後者は「定期券」と同じ考え方で「日々高速道路を使わざるを得ない人」の負担を軽くしたい……という考え方です。

あとは、今以上に大型トラックが増えないようにする仕組みを考えないといけませんね。コンテナを搭載可能な新幹線を走らせて、新幹線を使わずに並行区間を走ったトラックからは割増料金を取るとか(これ、前にも言ったような)。

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2010年12月28日火曜日

北海道・東北の旅 2010/夏 (28) 「千歳からキウスへ」

「三航北国日誌」第 28 回です。本日はトム・ウォーキンショーさんを偲ぶ内容でお送りします。

道半ば

というわけで、千歳にやってきました。地図で見た限りではほぼハーフウェイでしょうか。レース成立です(またか)。
夕張(紅葉山)までは高速道路(道東道)経由なので、まずは千歳 IC を目指して車を走らせていたところ……。
あら、ホテル日航が。以前にも書きましたが、北海道を車で回る方にはベースキャンプとして最適な立地です。

鉄のオリの向こうは……

道路の左側は自衛隊の基地だけあって、物々しいフェンスが立てられています。
……と思ったのですが、これ、どうやらゴルフ練習場のフェンスみたいです(←)。とんだ勘違いをしたものです。

ジャガーと言えば XJR-14

ジャガーの後ろについて千歳 IC を通過します。
ジャガーと言っても、もちろん XJR-14 のことではありません。
(Wikimedia Commons より借用。この作品の作者である Nuvolari72 氏は、この作品をパブリックドメインとして提供しています)
それにしても、XJR-14 はもの凄く速い車だったですねぇ……。カラーリングも鮮烈なものでしたが、走りもそれに負けないだけの凄さがありました。……余談が過ぎましたね。話を元に戻しましょう。

無料区間だったりします

道央道を北に向かい、「千歳恵庭 JCT」から道東道に入ります。最初は片側 2 車線の快適な道路ですが、
お約束の標識と共に、
この体たらくです。一応センターラインの部分にはブロックが敷かれているので、無理な追い越しはできないようになっていますが、積雪時にスリップすると危険ですよね。冬場は気をつけないといけませんね。

さて、気になる「キウス」の由来は?

途中、「キウス PA」に立ち寄って休憩です。

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2010年12月27日月曜日

北海道・東北の旅 2010/夏 (27) 「天網恢恢疎にして漏らさず(← 」

「三航北国日誌」第 27 回です。今回も実用的な内容(どこがだ)満載で、かつ比較的短めでお届けします。

KAMUYCEP とか KINA とか

支笏国道(国道 276 号)を離れて、支笏湖スカイロード?(道道 16 号)を経由して千歳を目指します。このあたりはラリージャパンのコースにほど近いところですが、まだ開催まで一ヶ月近く前だったので、それっぽいものは影も形もありません。
ホッケンハイムの 1 コーナーからジム・クラーク・シケインに向かうところです(違)。
オストシケイン(違)では作業員の方がコース整備……ではなくて草むしり?をされていました。ホッケンハイム云々はさておき、ガードレールのある中央分離帯というのは「北海道仕様」の一つかもしれませんね。これだとカーブでスピン……というかスリップしたとしても、対向車線にはみ出す確率が低くなります。結果として正面衝突のリスクを未然に防ぐことが出来ます。

無謀な追い越しもできないですし、いい構造ですね。他の都府県で見かけないわけではないので「北海道限定」では無いはずですが、北海道では割とあちこちで見かける構造のような気がします。

コースマーシャルの方でしょうか

ちなみに、今回の旅では「常時録画型ドライブレコーダー」なる新兵器を導入しているのですが、今更ながらその画面サンプルをご紹介します。
赤みがかってみえるのは、カメラの性能か、あるいは癖のようです。カラーバランスが今ひとつ、ですね。

あれ? 右の方になにやら写っていますね(←)。拡大してみましょうか。
ぼやけてしまっていますが……。獲物(←)を待つ狩人さんでしょうか。なにやら「止まれ」という文字の入った赤いフラッグのようなものも見える気がします。コースマーシャルの方でしょうか(←)。

ちなみに、場所はこのあたりです。


西行きの方は、ペナルティを取られないようにお気を付けください(←)。

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2010年12月26日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (29) 「無意根山・喜茂別・徳舜瞥山」

今日も伝統と信用のマンネリズム全開でお届けします。

無意根山(むいねやま)

muy-ne-sir
簑・のような・山
(典拠あり、類型あり)
定山渓と羊蹄山のちょうど中間あたりにある山です。名前の由来ですが、明治時代に来道した Jose Domingo という植物学者がこの地を訪れ、その景色の雄大さに "¡Muy bien!" と連呼したのが由来だとされて……ません(←)。Lo siento.

もともとは、muy-ne-sir で「簑・のような・山」という意味なのだそうです。スペイン語で "muy" は「t(ry

喜茂別(きもべつ)

kim-o-pet
山奥・にある・川
(典拠あり、類型あり)
羊蹄山の東麓の町で、ここから 10 km ほど南西に行くと留寿都村です。喜茂別には路上に記念写真を自動撮影してくれる装置(←)があります(ただし有料)。

意味ですが、kim-o-pet で「山奥・にある・川」なのだそうです。……このあたりの地名解にはブレが無くて良いですねぇ。サクサク進みます。ちなみにお隣のルスツは ru-sut で「道の・根もと」ではないかとのこと。この場合の「道」は「峠道」と解釈できるようです。

徳舜瞥山(とくしゅんべつやま)

tukusis-un-pet
あめます・いる・川
(典拠あり、類型あり)
現在は(もちろん北海道の)伊達市域の一部になっていますが、もともとは「大滝村」という名前の村で、さらにその前は「徳舜瞥村」という名前だったそうです。地名としての「徳舜瞥」は既に過去のものとなっているようですが、山の名前として健在です。

さすがに「徳舜瞥村」では読めない人が多かった……のかも知れませんし、それ以上に書くのが面倒、ですよね。由緒ある地名を残してもらいたいと思う反面、あまりに画数が多い地名は改称されても仕方なかったのかな、などと *時期が時期だけに* 思ったりします(今は「かな漢字変換」という文明の利器がありますが)。


隣の「ホロホロ山」も気になりますが、それはさておき……。意味ですが、永田方正翁は「Tokushish ush pet トクシシュ ウㇱュ ペッ」として「鯇(アメマス)多キ川 春日今尚多シト云」と解しています。閉音節の「s」を「シュ」と綴り、発音をリエゾンしないという永田翁の有名な悪癖を修正するとトクシシュシペッとなるのでしょうか。

やたらと「シ」と「シュ」が多くてシュラシュシュシュ、といった感じですが、山田秀三さんも大枠では同意見のようで、tukusis-un-pet で「あめます・いる・川」ではないか、とされています。カタカナで綴ると「トゥクシシュンペッ」ですが、もしかしたら「シ」が落ちて「トゥクシュンペッ」となるのかも知れません。であれば、そのまんまですね!

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2010年12月25日土曜日

復活!(←)北海道のアイヌ語地名 (28) 「藻岩山・豊平川」

というわけで、「北海道のアイヌ語地名・第二部」がスタートです。目指せ水戸黄門!

藻岩山(もいわやま)

mo-iwa
小さな・山
(典拠あり、類型あり)
えー、何時の時代にも「ついうっかり」という粗忽者がいるものですが、こちらは「ついお隣さんと名前を間違えちまったよ」という話です。「粗忽長屋」という古典落語の演目がありますが、そういえば(世情を鑑み以下自粛

元々「モイワ」という山は、現在の「円山」を指していたそうで、現在の「藻岩山」は「インカルシペ」という名前でした。inkar-us-pe で「眺める・いつもする・処」だとされます。

インカルシペ

インカルシペ」あるいは「インカルシ」(inkar-us-i)という地名は道内各所に見られるらしく、例えば「遠軽」(えんがる)も「インカルシ」に由来すると言われます。

我らが山田秀三さんは面白いことを考えていて、福島市の信夫山の東麓に存在した「五十辺村」(いがらべむら)が「インカルシペ」ではなかったか、との説を開陳されていました(山田秀三「南のアイヌ語地名? ──福島県・関東北辺の散策記」草風館『アイヌ語地名の輪郭』に所収)。すなわち「信夫山」=「インカルシペ」という仮説なのですが、街中にそびえる小高い山という意味では札幌の藻岩山にも通じるところがあります。

モイワ

で、「インカルシペ」に名前を持って行かれた「モイワ」山ですが、mo-iwa で「小さな・山」という意味だそうです。確かに現在の「藻岩山」よりは「円山」を指すのにぴったりですね。

iwa については知里真志保さんの秀逸な解釈があるので、ご紹介しましょう。

iwa イわ 岩山;山。──この語は 今は ただ 山の意に 用いるが,もとは祖先の祭場のある神聖な山をさしたらしい。語原は kamuy-iwak-i(神・住む・所)の省略形か。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.38 より引用)
「インカルシペ」と同様に、「モイワ」も道内のあちこちにあるらしいです。「ノミの大群」に由来すると言われる(←)大樹町には、そのものずばりの「モイワ山」が存在しますし、同じく十勝管内の豊頃町にも「茂岩」という地名があります。探せば他にもたくさんありそうですね。いずれも小ぶりな独立丘みたいです[要出典]

豊平川(とよひらがわ)

tuy-pira
崩れる・崖
(典拠あり、類型あり)
ダムの名前は「豊平峡」で「ほうへいきょう」ですが、川の名前は「とよひらがわ」です。tuy-pira で「崩れる・崖」だとされます。

定山渓のあたりであれば「崖」があっても不思議は無いように思えるのですが、他ならぬ「豊平区」のあたりに果たして「崖」があったのか、という疑問が出てきます。改めて現代の地形を見てみると、豊平川の東岸ではなく、ひとつ東隣の精進川(o-so-usi)の東岸にちょっとした崖が見て取れます。

どうやら、昔の「豊平川」は、現在の「中の島」の左右に分流していたのだとか(だから「中の島」だと)。豊平川の奔流が崖を崩してしまうのを防ぐために、中の島の西側の流れに一本化した、といったところかも知れません。

ピラケㇱ=崖っぷち

崖があったと思われるのは、現在の「平岸」のあたりでしょうか。「平岸」は pira-kes(ピラケㇱ)で「崖・の端」という意味だそうですから、きちんと符合します。すっきりですね!

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2010年12月24日金曜日

北海道・東北の旅 2010/夏 (26) 「電力の自由化と自家発電の歴史」

「三航北国日誌」第 26 回です。本日は電力の自由化により基礎体力の強化を迫られる電力各社の話題でお送りします(←

渋滞ですか?

美笛峠を軽やかに(←)走り抜けて、支笏湖のほとりにやってきました。ところが……
いきなり目の前に北電の車が。渋滞?

窓の外には

仕方が無いので支笏湖の写真でも……
ちょっと無理がありました(←

工事渋滞でした

どうやら「支笏トンネル」で片側交互通行規制だったようで、しばらく待った後、流れ始めました。
妙に露出オーバーですが、その辺はさておきましょう。

人はこれを……

トンネルの中では、確かに作業が行われていました。
また何とも幻想的な雰囲気の写真に……(人はこれをピンボケと言う)。
気を取り直して、もう一度。ん、まだボケてますねぇ。

運命の分かれ道

国道 276 号を離れて、千歳に向かうべく国道 453 号を北上します。
一見、何の変哲もない写真ですが、このあたりが実は「分水嶺」のようです。ここから先は日本海側(石狩湾)に注ぎ、ここより手前は太平洋側に注ぎます。兵庫県にも似たようなところがありますが、ほぼ平坦な分水嶺というのは全国的にも珍しい筈です。

もっとも、千歳空港も実は分水嶺の上にあったりしますが……。

分水嶺に伸びる送電線とその歴史

そして、右側にはなぜか並行して配置された送電線が。まるで電車でも走ってきそうな雰囲気ですが、実はまったくその通りらしく(←)、かつてここには線路があったそうです。
地図の ⑥ と ⑦ の間が分水嶺なのですが、そのはるか北側の千歳川沿いに「王子製紙第一発電所」があるのがわかります。「製紙会社が発電所を経営するとは、電力の自由化もここまで来たか……」などと妙な感慨に耽ってしまいそうですが、これ、実は明治時代に建設されたものなのだそうです。建設主体も王子製紙だそうですから、「電力の自由化うんぬん」は全く当てはまらないことになりますね。

建設が行われたのは、千歳川が支笏湖より流れ出て、現在の千歳市中心部に出るまでの狭窄部。水明渓谷と呼ばれる一帯であった(千歳市水明郷)。当時この一帯は宮内省の御料地であったが、1905年に使用願申請を行い、これが受理された後に着工された。この地が選ばれた理由は、不凍湖である支笏湖の豊富な水量と千歳川の急流が水力発電に適し、また工場予定地から近距離であるので当時の技術でも送電が可能であったこと、さらに北海道炭礦鉄道が敷設されていたことで物資の運搬が可能であったためである。
(Wikipedia 日本語版「王子製紙」より引用)
つまり、千歳川の急流で発電した電気を、この送電線を使って苫小牧(の王子製紙の工場)まで送る仕組みだ、ということのようです。その発電所を建設するためには資材を運搬する必要もありますし、完成後も人の移動や木材の輸送に使用するために「専用線」が建設されたのだそうです。

「専用線」といってももちろん光ファイバーなどではなく、「軽便鉄道」と呼ばれる小型の鉄道線でした。もともとは「業務用」の線路だった筈が、いつしか旅客営業も行うようになり、皇太子時代の昭和天皇が乗車されたという記録もあるそうです(http://www.tomakomai-kanko.jp/sightseen/sightsheen_000014.html)。

ミニ発電で自給自足を

この軽便鉄道が廃止されたのは昭和 26 年 1 月だったそうで、「さすがに痕跡なんか無いよなぁ」と思っていたのですが、思いっきり往時を偲ばせる雰囲気が残っていたのには驚いてしまいました。まぁ、線路(跡)脇の送電線は未だに現役のようですから、ある意味当然なのかもしれませんが。

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2010年12月23日木曜日

北海道・東北の旅 2010/夏 (25) 「滝笛、夏笛、そして冬笛」

「三航北国日誌」第 25 回です。本日は昭和の香り漂う内容でお送りします(どこがだ)。

逆コース(死語)の例

中山峠を越えて、喜茂別にやってきました。ここからは国道 276 号を支笏湖に向かって進みます。やや U ターン気味のルートですね。
随分と雲行きが怪しくなってきましたが……先を急ぎましょう。

たきぶえ……?

さて、なにやらトンネルが見えてきました(そのまんま)。
よーく見ると、「滝笛トンネル」とあります。変わった名前ですが、アイヌ語でも無いような気がします(なんとなく)。
「滝笛トンネル」を過ぎると、国道 276 号は支笏湖に向けて高度を下げ始めます。急勾配にならないようにしつつ高度を下げるためには、「日光いろは坂」のようにヘアピンカーブを多用するのが一般的ですが、ここは北海道ならではの R の大きいカーブが続きます。これって建設費はかかるのでしょうが、すごく省燃費で走ることができるので「エコ」なんですよねぇ。

滝笛、夏笛……

で、この橋の名前ですが……
夏笛橋」と来ました。またしても「笛」ですが、これは一体どうしたことでしょう。これもアイヌ語っぽくないネーミングです。

そして冬笛

今度は緩やかな右カーブです。
ここも橋を架設してカーブを緩やかにしているのですが、名前が
冬笛橋」と来ました。んー、この「笛」って何なんでしょうか。

気になるお値段、ではなくて……

そして、スプーンわかる人にはわかる)の一つ目をクリアした先に見えてきたのが、こちらの立派な橋です。
気になる橋の名前は……!
意外や意外、実にコンサバな名前でした(←)。保守の牙城とも言える(←)この「支笏大橋」の場所はこの辺です。


その場では気がつかなかったのですが、実はこの峠は「美笛峠」という名前だったのでした。これはいかにもアイヌ語起源っぽい名前です(違うかもしれないですが)。地名解は……またいずれ!

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