ではここで問題です(!)
この、通称「南海汐見橋線」は、片道 10 分の区間を 30 分間隔で行ったり来たりしています。ではここで問題です(!)。「片道 10 分の区間を 30 分間隔で行ったり来たりする場合、途中で何回すれ違うでしょう?」答ですが、「1 回、もしくは 0 回」になるかと思います。10 分かけて行って、5 分休んで、10 分かけて戻ってきて、また 5 分休んで再出発、というサイクルであれば、一度もすれ違うことなく要件を満たすことができます。
その割に、ご丁寧にも線路は複線になっています。今のままであれば、本線上ですれ違う必要性はゼロの筈なのですが……。
汐見橋線? それとも高野線?
この地図は、終点の「岸里玉出」駅のあたりの地図です。北西に走るのが、通称「南海汐見橋線」なのですが、地図をよーく見ると「南海高野線」と書いてあります。もうお気づきの方も多いと思いますが、この「南海汐見橋線」は通称で、正式には「南海高野線」の一部です。南海高野線は、大阪と和歌山県の橋本や高野山を結んでいる路線ですが、もともとの終着駅が「汐見橋」でした。ところが、汐見橋よりも難波のほうが便利だと言うことで、天下茶屋経由で難波に向かうように路線をつけかえてしまった、という歴史的経緯があります。
結果的に、汐見橋 ─ 岸里玉出間が一種の「盲腸線」として残された形となってしまいました。ついでに言えば、岸里玉出のプラットホームは南海本線側に寄せられてしまったため、南海高野線に乗り換えるためには 50 m 近く連絡通路を歩かないと行けない構造になってしまいました。
応力集中?
この「南海汐見橋線」は、大阪の中心部まで伸びていながら、微妙にポイントの外れた立地のため、今では単なる「盲腸線」と化してしまっています。ただ、「南海高野線」(当時は「高野鉄道」)の「本線」として建設されたため、線路も上り線・下り線の両方を備えた複線構造でしたし、国道 26 号線を越える架道橋はご覧のように大変立派なものでした。もっとも、ちょっとこの橋梁を見て良く分からなかったのが、土台の部分がこんな構造になっていたのですね。
これだと、応力が一点(軸)に集中しそうで不安になるのですが……。一種の免震構造だったのでしょうか。
汐見橋線の未来は……当分変化無し?
ちなみに、この「汐見橋線」ですが、計画路線の「なにわ筋線」と接続して新大阪に延伸する、という構想があります。そうなった暁には、関西空港から新大阪まで直通できる、というストーリーなのですが、(1) 新大阪には、すでに JR の「はるか」が乗り入れている、(2)「なにわ筋線」が完成した暁には、南海汐見橋線だけではなく JR 関西本線も乗り入れると見込まれ、結果として「はるか」が乗り入れる可能性も高い、ということもあり、南海側のメリットがいまひとつ見えにくいようです。また、南海側は「難波」と「新大阪」の二系統にターミナルを分散させることを得策としていない節もあり、難波から「なにわ筋線」に接続する可能性も検討しているとされます。そうなると本当に「汐見橋線」は「単なる盲腸線」に成り下がってしまい、将来的に廃止の憂き目を見る可能性も出てきます。
ただ、「阪神なんば線」や「京阪中之島線」など、数十年の悲願とされていたものが次々と竣工する中、「なにわ筋線」だけは工事が始まる気配がありません。「南海汐見橋線」は、もうしばらくは今のままの佇まいで残ってくれそうです。
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